「あ。てことはさー」

 旬はふと思い出し、体を起こして奈津美の方を見る。


「俺がナツの歯ブラシ使ってたことも知ってたってことだよな」


 旬の笑みさえ浮かんでいる調子に対し、奈津美の表情は強張った。


「何それ」


「え?」

 奈津美の反応に、旬の方が聞き返してしまった。


「あたし知らないわよ」


「えっ!?」

 予想外のことに、旬は急激に焦った。


「何なのよ、旬! 説明して!」

 奈津美は強く言った。


「じ……事故なんだって! ちょっと間違えて……俺んちにあるナツの歯ブラシ、何回か使っちゃって……」


「何回か!? 一回や二回じゃないの!?」


「いや……そのー……」


「……そういえば、旬の家にある歯ブラシ、何でかすぐに広がるなって思ってたのよ。そのせいだったのね!」

 奈津美はきっと旬を見た。


「最低!」


 旬の顔からさっと血の気が引く。


「違うって、ナツ!」


「違わないでしょ!」


「さ……さっきはそんなことで怒らないって言ってたじゃん」


「それとこれとは話が別よ!」


 どうやら奈津美は、一緒の歯ブラシは使えない派の人間だったらしい。

 余計なことを言うんじゃなかったと、旬は今更になって後悔する。


「な……ナツ〜……」


「知らない!」


 泣きついてみようにも、あっさりと突っぱねられた。



 その後しばらくの間、旬の情けない声が、奈津美の部屋で絶えず聞こえていた。