「かぁっわいそー」

 電話の向こうのカオルが言った。

 これは『可哀想』というのを、力を込めて言ったのだ。


「そんな理由で『触らないで』はないでしょ。絶対、旬君、ショック受けてるって。かっわいそうに」

 カオルはまた力を込めて、可哀想、と言った。

 奈津美はぐうの音も出ない。確かに、悪いことをしたという自覚はあるのだ。



 昨夜、勢いとはいえ、旬を全力で拒否してしまったのだ。

 しかも、旬はその理由も分からないのだから、尚更傷つけてしまったかもしれない。


 流石に罪悪感を感じて、奈津美は朝食に、旬が喜びそうなホットケーキを焼き、罪滅ぼしをしようとした。

 そして、できるだけいつものように、むしろいつもより旬に優しくしようと思い、努めて笑顔を作った。

 その笑顔が引きつっていないかと、内心ヒヤヒヤしていたけれど。


 旬に朝のキスを迫られた時、色々な意味でドキリとした。

 いつも言われていて、その時も多少なりともするのだが、今朝は、それとは違った。


 そして、旬に捨てられた子犬のような目で見られた。


 その目を見て、自分が悪いことをしたということが、はっきりと浮き彫りになったように感じた。


 ここはまた嫌だとは言えない。そう思ったから、奈津美はいつものように旬とキスをした。


 いつも通りの、朝のキスと言うよりは少し濃厚に唇を交わし、少しすると、旬の手が奈津美に伸びてくるのを感じた。


 奈津美は、とっさにヤバい、と思いその手を押さえた。


 しかし、旬の手は奈津美の手に反発するように力が込められる。


 それに対し、奈津美は旬に唇を押し付けて、体を離そうとする。


 端から見ると、まるで奈津美から激しい口付けをしているようだが、実際は力の反発をしている。

 このままだと埒があかないし、今以上に旬に不審に思われるので、奈津美はさっさと唇を離し、旬にバイトに行く準備をするように促した。