「おやすみなさいませ、お嬢様」

「おやすみ」

 就寝の挨拶を交わすと、木綿子はそっとベッドルームの扉を閉めた。

 犬飼のマンションには木綿子専用のベッドルームがある。ベッドルームにはこれまた木綿子のために誂えたベッドが設置されている。もちろん、ベッドも寝具も犬飼が用意したものだ。

 木綿子は寝間着に着替えると、布団をめくってベッドに身体を横たえた。シーツに指を滑らせるとツルリとした感触がどこか寒々しい。

 木綿子は実に頻繁に犬飼のマンションに泊まっている。

 少なくとも週一日、多い時では週五日だ。

 まるで、恋人のような頻度でマンションに通い詰めているわけだが、犬飼は執事業以外で木綿子に指一本触れたことがない。

(犬飼さんは……女性としての私には興味がないのかしら……)

 執事のいる生活はとても楽だが、不満がないわけではない。

 お嬢様と呼ばれ、かしずかれていても、心のどこかにぽっかりと穴が開いているように寂しい。
 
 それはひとえに木綿子が犬飼に恋慕の情を抱いているからである。

 お嬢様ではなく、ひとりの女性としての木綿子を求めて欲しいと思うのは贅沢なことなのだろうか。

 果たして犬飼は木綿子のことをどう思っているのだろう。