高校に行くと、いつものように莉子が飛びついてきた。


「はーるな!おはよっ」


「おはよう莉子。今日はテンション高いのね。」


「ちょっとねー。笑」


莉子は中学時代から美術部に入っていた、仲の良い友達だ。


とても絵が上手く、コンテストでも何回か賞をとっている実力派で、
遥菜とは、良い意味でもライバル的存在だった。


「何か良いことでもあったの?」


「また賞とっちゃった。東京のあの美術館あるでしょ?あそこに飾られることになったの!」


遥菜は息が詰まった。


「東京って…まさか、ほんとに?」


「そうそう。私、自分の絵が飾られると思ってなくて。嬉しすぎて昨日は寝れなかったの。」


遥菜は肩を落とした。


全身の力が抜けていくような、そんな気がした。


「凄いね……。頑張ってるよね。羨ましい。」


「ありがとう。でも遥菜だって頑張ってるじゃん!」


「私は全然。」


遥菜は深いため息をつく。


「あの事故があってから、何かが自分の中で切れちゃって。多分、絵はもう描くことはないんだろうなって。」


「あー、聞いたよ?あの大事故。大変だったんだね、拓真は大丈夫だったの?」


莉子は軽そうな様子だった。


「あんまり良くなさそう。重症らしいけどね。でも拓真がいないと、絵は描けないから。」


「またまた〜。そんなこと言っちゃって。もしかしてして、拓真のこと好きだったりする?」


「そういうことじゃなくて。拓真はあの時の私に行くべき道を教えてくれた、唯一の友達
だから。拓真がいたから頑張れたっていうのもあったし。」


私がまだ自分の夢を見つけていなかった頃の話。

休み時間、ちょっとした絵を描いていると、拓真は駆け寄ってきて私の絵を褒めてくれる。


拓真も私の絵に惹かれて、絵描きになろうと決めたらしい。


そして、俺と一緒に美術家になろうと
手を差し伸べてくれた。



「ふーん。
私は羨ましいよ。そんな人いないからさ。
絵を描くのだって、思いついてパって描いちゃうタイプだから、常に誰かのことを思って描いたことってないなー。」


莉子はふと顔を見あげた。


「そうだ!今日の放課後、遥菜一緒に来て欲しいの!見せたいものがあるから。」




「で、見せたいものって?」


学校の屋上から見る景色は、とてつもなく眺めの良いものだった。


「わざわざ学校の屋上に呼び出しといて、何をするの?」


莉子はにやける。


「もうちょっとだから。
あと3分。」

どういうことなんだろう。


ここの景色を見たところで…。


「ほら見て!太陽が沈んでくよ。」


遥菜が顔を上げた時、思わず息を飲んだ。


背の高い山々の背景の後ろに


宝石のようなキラキラとした太陽が顔を覗かせている。


山々の奥には、太陽の光が海に反射し、
水面が光ってカーテンのように
ゆらゆらと揺れていた。


「青春っぽい。笑
でもこの景色、なかなか見れないでしょ?」


遥菜は静かに言った。


「やっぱり莉子もここの景色の背景画を描きたいと思うの?」


莉子は嬉しそうだった。


「そうだよ?私もあそこの高校に行きたかったんだけどさー。落ちちゃったんだよね。
勉強の方がちょっと。笑
でもここの高校の美術部も
有名な人卒業してたりするからさ、
悪くないかなって思ってる。
それにこの景色、美術の人にはぴったりだよ。」


「私背景画上手く描けない気がする。
色の使い方まだ下手くそだもん。」


莉子は笑った。


「もしかして、それで拓真にずっと教わってたの?
あいつ、色使いだけ別格に上手いんだよね、男子のくせに。笑」


「だから余計、拓真がいないと無理なんだって…。あと高校も。行きたかった高校じゃないから余計に。」


拓真に頼って自分でやらないのは
自分に凄く甘いことだとわかってる。


でも、でも……。


「私だって行きたい高校には行けなかったんだよ?でもグズグズしてても始まらないからさ。遥菜も前向きに、良い方向に考えた方がいいよ。」


「じゃあ私、ここで絵を描くから。
遥菜は帰っててもいいよ?」


私を挑発するように言ってくる莉子には腹がたった。
でも結局、遥菜は帰ることにした。



家に帰ると、遥菜は自分の絵を眺めてみた。


背景画を見ていると、その時に思った感情や
様子が新たに蘇ってくるようだった。