嫌いなあいつの婚約者!?

「ね、ねえ」

「ん?」

「涼って、好きな子、いるんじゃないの?」

「うん、いるよ」

 どくんと、心臓が大きく跳ねる。

「私との婚約、無理しなくていいんだよ?」

「大人の事情、があるんだ。仕方ない」

 視線を落とす涼。哀愁を帯びた横顔。

 影を帯びた涼の表情を、今までに一度も見たことがなかった。

 私の知らない涼がここにはいて、彼は一体誰なのだろうと不思議な感覚に陥る。

 きっと世界はひとつではなくて、もしかしたら神様が誰かが間違えて私を入れ替えてしまったのかもしれない。

「本当にいいの?」

「こうしなきゃいけない理由があるんだ。受け入れるしかないんだよ」

「分かったわ……」

 もともと涼のことは好きじゃないし、涼の顔を見るといくら性格が違うとはいえ今までにされてきた数々のことが時々頭をよぎるし、私が好きな人を見つけてその人と晴れて付き合うことができれば、お父さまだって分かってくれるはず。

「それにしても、大人の事情って、何かしら? 想像はつくけれど……」

「うちと桜の家の産業が~って話だと思うよ。盗み聞きしただけだけどね」

「うん」

 とりあえず運ばれてきたものを食べて出掛ける用意をして家を出る。

 まあ、少しの時間くらいこの優しさ溢れる涼と付き合うのもいいかもしれない。