嫌いなあいつの婚約者!?

 玄関から外に出た時、優しい声で名前を呼ばれる。

「桜さん」

「あ、…………奏多さん」

「どうかした? なんか、顔色悪いよ?」

「あ、いえ、……なんでもないんです。ちょっと昨日夜まで本を読んでて……」

 咄嗟の嘘。

「そうなんだ。僕も本読んでてハマっちゃうと寝るの忘れることあるよ」

「そうですよね、本って、時間忘れちゃいますよね」

 奏多さんと話していると、動悸も治まってきてだんだんと冷静さを取り戻す。

 まるで奏多さんは私にとっての精神安定剤で、手離せなくなりそう。

「そうだね。でも、今日はゆっくり寝るんだよ?」

「はい、そうします」

 ぽんぽんと、彼方さんの手が頭の上に乗る。

 その手が頭を包む感覚があまりにも優しくて、我慢していたものが全て溢れ出る。

「桜さんっ? とりあえず、こっち」

 人目の無いところへ移動すると、奏多さんは青色の爽やかな色のハンカチを差し出してくれた。

 こんな奇麗なハンカチで涙を拭くのは勿体無いけれど、今だけは遠慮なく拭いてしまう。

「どうしたの?」

 本当のことなんて、奏多さんに言えるはずがない。

 奏多さんのことが好きなのに、涼のことも気になってしまうなんて。

「ちょっと……友達と喧嘩して」

「それは、杏里?」

「杏里では、ないです」

「…………本当に、友達と喧嘩?」

 そう言われて、何も答えることができずに奏多さんの顔を見てしまう。

 これじゃあ、そうです、と言ってしまっているの一緒じゃない。

「恋の悩み?」

「そ、それは違います」

「ははっ、そんなに強く否定しなくても」

「あ、……ごめんなさい」

 恋、という言葉に過剰に反応してしまう私の姿を見たら、何に悩んでいるかなんてすぐにきっと分かってしまうだろう。