「レイティス、普段魔法を使うとき何を考えてる?」
「…は?」

急に何を言い出すんだこの男は。てっきり馬鹿にされると思ったのに、今のライアントの口からは嫌味は一つも出てこなかった。いつもならニヤニヤと人を馬鹿にしたような笑みを浮かべているはずなのに、今は至って真面目な表情をしている。

「治癒や浮遊や氷属性の戦闘補助の魔法を使うとき、何考えてる?」
「何って…」

なかなか答えない私を見て、問いかけの意味が理解できていないとでも思ったのだろうか。さっきの問いかけを具体的に説明される。
流石に分かるに決まってる。前言撤回。やっぱりこいつは、何処か私を馬鹿にしている節がある。

「治癒の時は、怪我をしてる人がどのレベルの治癒魔法で完治するか。完治させるにはどのレベルの治癒をかけるべきか。」
「うん」

何か意図があるのか知らないが、私にしては素直に答えていく。

「浮遊の時は、早く学校に行かなきゃって。」
「うん」

その間、ライアントはたまに相づちをうちながら私の話す言葉に耳を傾けていた。

「戦闘補助の時は…。
魔法で敵の周りの空気を冷やせば寒さで運動能力は低下するし、空気を凍らせれば喉が凍って呪文詠唱に時間がかかる。」
「そうだね。じゃあ、攻撃魔法の練習の時は何考えてる?」
「…」

私は、一体何を考えている?
答えられなかった。
私が攻撃魔法の練習をするとき、最後の最後でどうしても頭を過ることがある。
でも、そんな事口にしたくない。私が忘れたくても忘れられない、私を絶望の中に叩き落としたあの日(・・・)ことを。

「じゃあ、少し質問を変える」

答えられない私を見かねたようで、別の質問をしようとするライアントは、未だに真面目な表情で、深い緑の瞳で真っ直ぐ私を見ている。そんな視線に耐えられず、私は目を反らした。

「…あの日(・・・)、君が最後に攻撃魔法を使ったとき、何を考えていた?」
「…!」

ライアントが言うあの日(・・・)とは、きっと私が思い浮かべるそれと同じものだろう。




……あの日(・・・)、私はあえて指輪を家に置いていった。理由は単純、ただ、悔しかったから。

当時まだ一学年だった私は、まだ常日頃身に付けている指輪の重要性を理解できていなかった。
そして、同じクラスには私と同じくらいの魔力を持つライアントがいた。道具も何も身につけず魔力を制御する奴を見て、私だってできると勘違いをしてしまった。だからあの日、私は指輪を置いていった。

そしてその日の昼、よりにもよって私が指輪を持たない日に学校に不審な男が入り込んだ。
その男は誘拐犯で、私のクラスメイトの女の子がその男に捕まってしまった。その場には私と男と捕まった女の子しかいなくて、私がどうにかしなければと、そんな考えに至った。どうしてもっと冷静になれなかったのか、未だに悔やんでいる。

どうにかして女の子を助けようと、私は攻撃魔法を男に放つ。氷の粒が男の目に当たり、その隙に女の子は男の手から逃れた。それを見た私は、男に止めをさそうと、もう一度魔法を使った。その魔法は幾つもの氷の尖った柱を作り出し、男を攻撃する。氷の柱が男の右腕を突き刺す。怯んだ男は転移魔法で学校から逃げていった。
私にも、魔力の制御ができた!そう思い、男から逃れた女の子の方を振り返る。

その先で見た光景に私の呼吸は一度止まったように思った。

私の背後には私が作り出した氷の柱が幾つも延びていた。
そのうちの一つに、女の子は突き刺さっていた。
女の子の腹部に突き刺さった氷の柱は、赤い血液を滴らせていた。女の子の顔は氷の柱よりも白く、まるで生気を感じなかった。

その後の記憶は曖昧で、誘拐犯がどうなったのか、女の子はどうなったのか覚えていない。
でも、その女の子は今、私のクラスにはいない。それはつまり、私が彼女を殺めてしまったことを意味する。

「…私はあの時、あの子を助けようと思って…でも…」

救えなかった。確かに誘拐犯からは取り戻せたけれど、結果あの子は命を落とした。私の魔法によって。

「そうだね、結果的には君はあの子を救えなかった。でも、救いたいという明確な目的があったから君は攻撃魔法が使えたんだ」

救えないなら攻撃魔法が使えても意味がないじゃないか。救えないなら、傷つけるくらいなら、攻撃魔法なんか使えなくたって…

「じゃあ、質問を戻すよ。
…攻撃魔法の練習をするとき、君は何を考えている?」