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自分達は吸血鬼の出来損ないなのだと、彼は私に正体を明かしたあとに自嘲した。

吸血鬼。
人間の血を喰らう化け物。

そんなイメージがあったのだが、彼が言うにはそれは半分合っていて、半分間違っているらしい。

多くの吸血鬼は、すでに人と交わり、純血の吸血鬼はほぼ存在しない。
人と吸血鬼の間に生まれた子は、太陽によって灰になることもなく、特別な力を持つこともなく、寿命が長いわけでもなく普通の人間と変わらないのだ。

ただ、定期的に血が飲みたくなる。
それだけ。

吸血鬼はいる。
しかし、人間社会に紛れて、同族同士で密かに助け合いながら生きている、と教えてもらった。

ーーー僕らの多くは、人間でも吸血鬼でもありません。どちらにもなれない、だから新しい何かとして割り切って生きている、そんな存在なんです。

ーーーたかが血を飲むだけ、されど血を飲む生き物。

ーーー…気味が悪いと思いませんか?

私が出会った、永里朔夜(ながさと さくや)という吸血鬼は、とても美しい笑顔で、そう言って笑った。

彼は大学生だ。医学を学ぶ、普通の人よりも優れた容姿と頭脳を持つ、そんな学生。

私、古宮悠(こみや ゆう)は、ごく普通の社会人である。そこそこ名の知れた企業に勤める、けれどどこにでもいる、そんな社会人。

私達が出会ったのも、やはり血が原因だった。

今から2年ほど前の話。
社会人になって少し経った春、私は失恋して、酒に溺れるまま酔って、いい大人のくせに転んで怪我をした。
膝の傷は懐かしい痛みで、そして失恋の痛みと共鳴して、酷く強いものに感じられ。
結果、私はその場で泣きじゃくってしまったのだった。

そこで声を掛けてくれたのが、当時大学生になりたての朔夜である。

彼は自分の家に私を連れてきて、要領の得ない順序がめちゃくちゃな話を聞いて。
酔っていたからちゃんと覚えていないけど、優しく頭を撫でてもらった記憶がある。

このときは軽率な行動を取ったと、のちに戦慄したものだ。
ちなみにこのとき、吸血鬼の瞳の催眠能力ーーーと、いっても判断力を鈍らせる程度だがーーーを使ったと、朔夜は白状した。彼に対して初めて怒ったのは、この件だったりする。

私という獲物を部屋に招いた朔夜は、私が落ち着いてきたとき、膝の傷を舐めた。
そして混乱する間に、首に牙を突き立て、気絶するまで血を吸われた。何度も抵抗したが、敵うはずもなく。
これが、とある金曜日の夜のことである。

そして、翌朝、私は吸血鬼という存在を知った。

なぜこんな強引な真似をしたのかというと、彼曰く、私の血は信じられないほど美味しいらしい。
信じられない褒められ方もあったものだ。

だから、自分と恋人になって血を飲ませて欲しい、と言われた。
信じられない告白である。

のちに聞けば、泣きじゃくっていた私に声を掛けたのも血の匂いがとても美味しそうだったかららしい。

そして、そんな告白を「まあいっか」と受け入れた私である。失恋で自暴自棄になっていたし、彼が嘘を言っていないことは身をもって確認していたからだ。

このことを、後に酷く悔いるとは知らずに。