「リジー。リジー……エリザベート!」
「……っは!」
名前を呼ばれたエリザベートは我に返る。目の前で訝しげな顔をしているのは、幼なじみのミレーナだった。ミレーナの本名はミレーナ・ファミエラ・シュリーゲンであり、シュリーゲン伯爵令嬢だ。社交シーズンに貴族たちが滞在することとなっている、別宅が近いことから友人となった経緯がある。エリザベートのことをリジーと愛称で呼んでくれる数少ない友人だ。ミレーナは父のことがあってからもとても良くしてくれて、エリザベートは今日もお茶会に誘われてこうしてシュリーゲン邸を訪ねてきていたのだった。
「今日は初めからずっと様子がおかしいわ。どうかしましたの?」
もしかして、恋とか。栗色の豊かな巻き毛を揺らしながらそう言うミレーナはいかにも楽しそうだった。
「恋、だなんてーー」
そもそも私には婚約者がいるのですから、と口先でまず否定から入りながらも、エリザベートには思い当たる節があった。
あの謎の黒い男と出会ってから、自分の様子がおかしいのには気づいていた。彼のことをなぜかやたらと思い出してしまったり物思いに耽ってみたり、彼に『また』と言われた言葉がどうにも気になってみたり。まるで今流行りのロマンス小説の主人公みたいだ。小説に嵌まって恋に恋をしている同年代のお嬢様方の気持ちも分からないでもない、ような気がして。
「リジーが恋、ねぇ……」
ミレーナは急に黙り込んで考え込むエリザベートを見ながら、ふぅん、と含み笑いをした。