ガタガタと馬車が走る。座席がクッションに覆われていてなお決して乗り心地が良いとはいえない、二頭立てのそれは、装飾の凝った門を通り抜けてゆっくりと停まる。向かいに座っていた『彼』が先に降り、こちらに手を差し伸べてくる。形式ばったそれを見て、エリザベートは気づかれないようため息を吐くとそっと手を重ねた。

***

 ランタンに照らされた薄暗い道をエスコートされながら歩く。どうにもお互い居心地が悪く、差し出された腕はぎこちない。心許なさを感じながら向かう屋敷からは三拍子のワルツと雑音のような話し声が漏れ聞こえてくる。恭しくドアが開かれるとむせ返るような香水の香りが押し寄せてきて、頬がひきつる。

 ぎゅっと絞られすぎて息苦しさすら感じるコルセットに、生地がふんだんに使われてたドレス。ドレスをふんわりと膨らませるためのパニエと、ペチコートのまとわりつくような裾が鬱陶しく、エリザベートは眉をしかめた。

***

 エリザベートの暮らすシュトラウデン王国ではある日、王族の姫君が派手に飾り立てたドレスを着て社交界に姿を現した。それは記憶に新しく、それから貴族たちがこぞって我先にと競い合うように真似し始めた。派手な格好こそ財力と権力をあらわす風潮になり始めた社交界は、もともとそういうものを好まないエリザベートにとっては息苦しいものでしかなくて。亡き父譲りのプラチナブロンドの髪と母よりも濃いピジョンブラッドの瞳が、きっと今の流行に律儀に則ってくれていることだけがせめてもの救いだった。

 隣に立つ人物をちらりと横目で見る。叔父が決めた婚約者である『彼』はエリザベートのことなんて興味がないのか先程からこちらに視線を寄越そうともしない。むなしいようなよく分からない微妙な気分になり、エリザベートはふたたび小さくため息をついた。