1話

「英傑学園第65代生1851中等部三年シャロット・レイフェノンゴール。本日をもって本校を退学、ついてはカタスタナ区ノーマルに在籍変更とする」

威圧感のある低い声とその風格は部屋一帯に静かに広がった。

「はい」

男の前に立つ青年は一切の間を置かずに返事をし、封筒にまとめられた書類と餞別とも取れる小さな箱を持つと失礼しますと早々に部屋を出た


階段を下るとそこには天皇陛下誕生日のレッドカーペットのような綺麗な一本道を開け、一人の男に視線を向ける群衆があった

「おいおいあれ見ろよ、英傑創設以来初めての退学生だってよ」

「いひひ、見たかあいつの目!まさに死んだ魚みたいだったぞ」

「うっわ、きもっ。てか退学とかまじ?バカじゃん」

「あいつ、中等部の時からずっと成績オールFだったらしいぜ」


迎えていたのは彼、レイフェノンゴールを祝福する声ではなく罵倒の声。院長室から真っ先に昇降口に降りた彼はその情報を聞き付け野次馬のように集る人々の作ってくれた道を堂々と歩く。その時、場違いにもこう思った。これはこれで謎の優遇感があって悪くない。と。それにプラスして目の腐敗は元からだと心の中で悪態をつく。昇降口をぬけ、やっと群衆からの声が聞こえなくなるとうんと腕を伸ばし背骨の音を鳴らす

「んーー!!…はぁ」

天に拳を突き上げ現状最大限の嬉しさを体で表す。先程までの耳障りな声など1ミリ残らず排除できるほど今は歓喜に満ちていた。
英傑学園。都市最強にして最も叡智と謳われる超エリート級の中高一貫学校。そのせいか生粋の実力主義。才のある者と無い者との扱いはまさに天と地の差。それでも毎年学生たちは何とかしがみつき、その栄光を学園に残してきた。が、彼はまさかの中等部一年の後期から成績オールF(最低点数)を現在、中等部三年前期まで貫き通して来た。当然教師はため息が消える日はなく。本人は寧ろここまで出来るやつはそうそう居ないと自分から胸を張っていた。そんな彼は当然単位を落とし、退学。あそこは超エリート校だけあって中等部からその制度があるのだ。

「んじゃまぁとりあえず引越しの準備でもすっかー!」

ここ、英傑学園は都市部にあるトリケスと言われる場所にあり、レイフェノンゴール、通称レイの在籍変更場所であるカタスタナ市は都市部から大きく離れた沿岸沿いの地域のことである。ここからだと60キロ弱。徒歩で言ったら軽く11時間はかかる。まぁ流石に他の交通手段を使うけれども。
そんなこんなでレイは二日間に渡って引越しの準備を終えた。事前に準備していたこともあり円滑に進み、ついに思い出深い故郷を離れ、未開の地に足を踏み入れた。
爽快な空の下、今から始まる新しい日々を前にレイは完全に酔っていた、そう…………乗り物に

「オロロロロロロロロロロ」

新生活の初め。まさかの乗り物酔いに襲われ幸先の悪いスタートを着ることになった。心做しか、レイは来る前より何倍も弱々しくなっていた。恨みの矛先を電車に向け、掠れた声で悪態を着いた

「クソっこんなに空中に浮いて進むだけの乗り物にこんな酔うことになるなんて……う、オロロロロロロロロロロ」

一言で言うとただの馬鹿である。乗り物全般苦手な癖に飛行機のように高く、尚且つ電車のように速さを感じられる乗り物に本を持ってきたのだ。プラスでレイは暑さに滅法弱い。そんな偶然的必然が重なり今、絶不調である。軽く揺れる視界に嫌気かさしつつ近くのベンチに腰を下ろした

「ア゙ア゙ア゙…」

今にも死にそうな声をもらす。
あぁもうダメだ死にそう
精神的に、ひょっとしたら物理的にも溶けてしまいそうな日差しの中、意識だけははっきりさせるよう否が応でも思考を弄るがどうも思い通りに回ってくれずにいた。屋根も無いベンチに日差しよけにクシャクシャになったタオルを取り出すと頭にかぶせ、ひと時の安らぎを手に入れた。何も考えず、うっすらと目を開け、この暑さと気分の悪さを紛らわせようと必死に銀世界を想像していた、その時だった

「あの……君、大丈夫?」

意味の無い想像に余計頭を困惑させていると突然何処からか誰かを心配する声が聞こえた。近くに人がいる気配は無いため自分に声をかけてくれると働かない頭でなんとか確認をすると自然と下がったタオルからレイの片目だけが見えた

「大丈夫…です」

その声からは言葉の信頼性を十分に無くさせる程弱々しくなっていた。声だけをとるなら完全に100歳越えのお爺さんである。我ながら暑さと乗り物酔いだけでここまで衰弱するとは一周回ってあっぱれな虚弱体質だなと自分に嘲笑する

「そう…なの?とてもそのようには見えないけど…………取り敢えずここで給水しようかしら」

何拍か置くと顔こそボヤけているが顔は悪戯心を写しており、冗談交じりのその声は何処と無く優しかった。

「…嘘です…大丈夫じゃないです」

「そう、分かったわ。ほら少し口開けて」

完全に気力が抜けていたレイは言われるがままゆっくりと口を開ける。なんの躊躇いもなく口を開けたレイを見てよっぽど消耗していた事実を目の当たりにすると悪い事をしたかと多少の罪悪感で一瞬、注ぐ手を手を止めた後、しっかり注意しながらただただ数分間レイの口にキンキンに冷えたスポーツドリンクを断続的に注いだ

ゴクッ

普段なら嫌いなスポーツドリンクも消耗している時になると格別の美味さに変貌を遂げる。と言ってもゴクゴク喉を鳴らすぐらい勢いよく飲める程でもないのでちょこっとずつちまちま喉に入れる。大体を飲み終わった頃、丁度空に救世主が現れ、丸い火輪を覆ってくれた。それからやっと調子を取り戻すといつの間にかスポーツドリンクの女性はいなくなっていた。残されたのは未だ冷たいスポーツドリンクのみだった。

「…礼の一つぐらいさせて欲しいものなんだけど」

一応周りを確認するも不在。過ぎたものは仕方ないと切り替えてキャリーバッグから宿舎への案内図を取り出し開始早々重い足取りで家へ向かった。



「はぁはぁはぁ、やっと、ついた」

あれからさらに数時間。迷いに迷い彷徨に彷徨った結果、やっと辿りついたのは和を感じさせるアカタギ荘という場所。今時こんな風情あるものがあったのかと感銘を受ける反面、大家さんに挨拶という最大の難所に頭を抱える。如何せんそこまで人づきあいが得意な方ではないレイは幾つものパターンを頭に埋め込んできた。シュミレーションはバッチリ

「…よし」

なにか一つ、人生を決めるような面持ちで玄関前にたった

ピーンポーン

「はーい」

震える手を何とか小さなボタンまで届けるとドアの向こうから40代あたりの女性の声が聞こえた。少し待つとガラッガラガラガラと年季を感じる音を立てた。

「すみません遅れました…あら、あなたもしかして…」

出てきたのは見た目から見るに恐らくここの大家さんであると思われる女性。

「はい。今日からお世話になるアレット・レイフェノンゴールです」

アレット・レイフェノンゴール。訳あってレイは今、そう名乗っているのである。目の前の女性は彼の顔を顔を見るなり顔をにこやかにする

「まぁまぁ、私はここの大家の八重 加奈子。やさ遠いところからようこそ。ささ、入って入って」

久しぶりに孫を見た祖母の反応だった。その目は優しく、静かに微笑む。
まず最初にこのアカタギ荘の構造を説明してくれるそうだ。靴を脱ぐと目の前には右、左、前と、それぞれ通路があった。

「えーとまずは右側は女性エリア。あそこの赤い線あるでしょ?あれより先は男性禁制」

「なるほど…」

言われた通り目を向けると少し先の所に赤いテープらしきものが床に貼られていた
ここは男女どちらも在籍しているためその件に関しては納得したレイだがそれより…

「あの…」

次の場所を説明しようとする八重を止めるように怪訝な声を出す

「なにか気になったことでもあった?」

「まぁ気になったって言うか、触れてはいけない香りはするものの気になってしまって…あれは?」

そう言って指さしたのは女性エリアに所々に落ちてるRPGのような武器の数々。奥に行く度攻撃力が上がっているのが一目見ただけでもわかる。

「あー、あれは不審者対策。サナちゃんがこれをやっておけば不気味がって近づかないって言ってたから調達したの」

調達…ここからも何か危険な香りがしたがこれは本当に怖いので聞かないことにした。確かにこれは近づきたくない。と、納得したのともう一つ。サナちゃんは絶対に敵に回してはいけない。その後は変な武器もなくトイレ、風呂は現在壊れており近くの銭湯に通うとのこと。等。基本、女性部屋付近の禁止エリア以外男女共同スペース。居間の近くには綺麗な庭もありそこには今どき珍しい鹿威しもあった。あらかた構造を教えてもらったレイは自分の部屋を教えて貰ったレイは今日は六時の夕飯までゆっくりしていいとの事なので言葉に甘え荷物を置き、大体の整理をした。
現在の時刻は五時過ぎ。今ゆっくりしてしまった場合、一時間半ちょっとでまた起きないとという憂鬱さが自然と体を動かす。レイは自室を出ると先程八重が言っていた銭湯を下見しておこうとアカタギ荘を出た。迷った。テンポが早くて何が何だがわからないだろうがそのまんまである。未開の地に地図も持たず好奇心半分で銭湯を探していたら迷ったのである。都市ほど人が居なくどこか落ち着く潮の匂いにつられて適当に歩いて、気づいたら目の前には海。今ここがどこか分からずとたまたま近くにあったベンチに腰をかける

「…どーしよ」

通信機器なんてものは一切持っておらずかと言って遠くの人と話すための能力を持っているわけでもなく

「詰んだ…」

波の音がなにやってんだ馬鹿と言っているように音を立てる。なんだかちょっと潮の声に耳を傾けているとダンディ感が出ていいな

「あんた、何してるのよ」

「うわっ!!!」

そんな現実逃避半分、途方に暮れていると突然後ろから声をかけられ肩が上がる

「…いまいち反応が鈍いわね」

「い、いや、相当驚いたんだけど……」

「もっとこう、腰を抜かして後ろにひっくり返るぐらいのリアクションが欲しかったんだけど…」
と、なにか独り言を始める。そんな事を聞いてはおらずレイが先ず最初に思ったのは誰?だった。そう言おうとしたがその前にこの女性の声にはどこか聞き覚えがあった。

「…もしかして、何処かで会ったことある?」

「さぁ?…………はっ!もしかしてナンパだった!?ごめん。今更こんな典型的なナンパされないから気づけなかった」

彼女は少しばかり悩んだポーズを取るとハッとした顔で言った。レイ自身言った瞬間、アレ?これナンパじゃね?と思ったものの、一応気づかれない事を祈ったが案の定気づかれていた。それだけならまだしもさり気なく私モテるアピールした彼女を見て思わずフッと鼻で息を吐いた

「…な、なによ。あ、もしかしてクールな俺かっこいいとか思ってる?」

「ちげーよ!呆れてんだよ!さり気なく私モテますアピールしやがって!悪いなモテなくて!」

後半は完全に関係なかったがモテるやつがスカしているのを見ると無性にイライラするのだ

「別にそんなアピールしてないでしょ!」

「それよりなにかようだったんですか?」

「切り替え早いわね、てか人の話聞いてなかったでしょ……まぁいっか、いや何、なんか黄昏てたからさ。で、こんな所で何してるの?」

何処か呆れ顔の謎の少女。さっきのレイと殆ど同じ表情である。

「それが絶賛迷子なんだよ迷子。今日初めてここに来たから右も左も分からないんだ。今なら迷子センターだろうが喜んで行く」

「誰も絶賛はしてないと思うけど、なるほどね…因みに何処に行きたいの?」

「……アカタギ荘」

キョトンとした顔の彼女に言うとあーあそこね。と知っているような口ぶりを返した

「知ってるのか?」

「えぇ、連れて行こうか?」

「ほんとか!あぁ!ぜひ、おねが」

一瞬、レイはこれで帰れるという安堵を浮かべたが途中まで言いかけて言葉をとめた。刹那、脳裏に過ぎる。この人は結構あくどい性格してそうだから見返り求められそう…と。
そんなレイの心情を察したのか彼女は

「ただの親切よ」

と言って爽やかな海の香りを感じない方向へ歩いた

「あ、ありがとう……ございます」

一応最低限お礼として取ってつけたような敬語を語尾に付け足した。彼女の姿を見失わないように小走りでついて行く。途中、これからの事と大家さんへの謝罪をどうしようか悩んでいた。これからの事はともかく今何時なんだろうか。それ次第で謝るレベルが変わってくる。最悪スペシャルハイパードリルスマッシュイケメン土下座をするしかない。

「どしたの?」

「え?」

少し眉間にシワのよった顔をしたレイを見て先導していた彼女は振り返った

「そんなにソワソワして……はっ!もしかして私と歩いているから」

「いや違う」

即答

「じゃあどうしたのよ」

「えっと今何時かなーって。六時までに戻らないと夕飯が…」

渋々答えると人差し指を胸の前に持ってくると

「ビット」

と言って学生手帳を出した。空中に写し出された生徒手帳。詳しい事は知らないけどなんでも特別仕様のチップを科学技術によって開発された特殊金属に埋め込むことで空中に映像を置くことが可能になるのだとか。流石、技術の進歩って凄い。

「6時53分ね」

「…マジ?」

レイは彼女の口から出た言葉を信じたくなかった。いやまさかそんなに立ってるはずないと思ってはいたが如何せん一切時間なんて意識してなかったためその可能性も捨てきれない

「マジよ………ちなみに急げば10分で着くけど……どうする?」

彼女は夕日を背景に先ほどの身を焦がすような太陽を彷彿とさせつつ、背景の夕日で少し色褪せた綺麗な赤髪をたなびかせ、試すように笑った。レイはそれに少し目を見開いた後

「600秒って考えれば余裕だな」

「じゃ、行きましょうか」




「はぁはぁはぁ、ちょっ!ちょっと待ってくれ。はぁはぁ」

数分前まで余裕の表情で余裕とかいきがってたくせに最近体を一切動かしていなかったせいもありレイは自分の想定の何倍もの速さで息を切らしていた

「あんたちょっと遅すぎじゃない?まだ一分なんだけど?」

「一分……」

一分でした。
ダッシュで一分持たせたのなら十分だろうと言ってやりたい気持ちもレイにはあったのだがそれ以上に目の前の女性の体力に驚いていた。あれだけ走って未だ息ひとつ切らしていない。流石のレイと言えど同年代ぐらいの女性にここまでの差を見せつけられるとへこむものがあるのだ

「なんでそんなに体力あんだよ…」

「いやあんたが無さすぎなだけでしょ。これくらい普通よ普通」

「はぁ…マジかよ……はぁはぁ」

所々に未だ落ち着かない息づかいが見える。レイ自身流石に衰えすぎだろうと自分でも引くくらい体が衰弱しているのを身をもって知ったのと同時に最近の女子高生(多分)への恐怖感を覚えた


「はア゛ア゛……やっと、はぁはぁついた。」

「中々やるじゃない、今ピッタリ七時よ」

レイはあれから猛ダッシュで駆け抜け漸く自分の家に戻る事が出来た。

「今日はありがとう。誰かは知らないけどほんとに助かったよ。また今度あったらお礼をさせてくれ」

「別にいいのよ……あ、でもお礼してくれるってんだったら次会った時にお願いしちゃおうかしら」

彼女は少し悩んだ顔をすると今日一番の笑みを浮かべた。それは何処と無く身の危険を感じさせるような、危険な笑み

「い、命に干渉しなければ……」

「あんたは私をなんだと思ってるのよ…ま、とりあえずまたね」

「あぁ、その時を楽しみにしてるよ」