江戸の町は今日も深く夜の帳をかけていく。この時間が訪れるたびに、吉原の遊亭一の花魁である夕顔(ゆうがお)は全てが夢であってほしいと思うのだ。

遊亭の籠の外は、多くの人々が行き交い、賑わう声はひしめき合ってもつれ合っている。

「そろそろお客様が見える時間……」

与えられた部屋で赤い着物に着替え、夕顔は呟く。また恋人ごっこの夜が始まる。そう思うと逃げ出したくなるが、それは叶わないのだ。

鏡に向かい、夕顔は自身の唇に紅を引く。吉原に来た頃は胸も膨らんでおらず、色気など微塵もなかった夕顔は今では艶やかで多くの男性を虜にする遊女となっていた。

「応じるまま、受け入れるままも辛くなってきたでありんすなぁ」

夕顔の頭の中に、まだ自由だった頃の記憶が蘇る。泣いているばかりの立派な着物を着た幼い男の子に、ボロボロの着物を見に纏った夕顔が笑って手を差し伸べるのだ。

『何があっても、私はそばから離れないよ!ずっと一緒!』