3番チェックというのは、トイレに行く時の隠語。
お客様に聞かれても大丈夫なように、こういった言い方をするのは飲食業でも同じことだろう。
就業時間が始まってすぐに席を立つのは申し訳ないけれど、さっき耳にした声をまた聞くと思うと、その場にはいられなかった。
「うん、いいよ。行ってきて」
心配そうに行ってくれた佐々木、小さくお礼を言って、受付のカウンターを離れると、裏手にある従業員用のドアからビル内のトイレに入る。
まだ開いたばかりの入口から入ってくる人は、いるにはいたけど、多くはない。
今日は、大人数が集まる予定もなかったから、落ち着くまで、ここにいても大丈夫だろう。
小さくため息をついて、対面した鏡の中の自分は、ひどく青ざめて顔色が悪かった。
手洗い用の台に置いた指先も、小さく震えている。
聞いたこともないくらい低く暗い、男の声。
あの人だ、と、わかった瞬間には、反射的に通話を切断していた。
香耶が今、受付として働いている会社の取引先に勤めているのだから、電話してくること自体はありえることだとわかっていた。
けれど、香耶の名前を呼んだ、あれはどう考えても仕事の話じゃない。



