はじめて彼女と会ったときの記憶はない。親しかった父親たちに引き合わされたと聞いたけれど、物心ついたときには、ぼくたちはいつもふたりでいた。



いつだって、穏やかな日常は終わりは突然訪れる。

ちいさなすれ違いの重なりから、父と、町じゅうの人々の怒りは想像もできなかった大きさに膨らんで、ぼくたちの恋は知られてはいけない罪になった。





「あと少ししたら、戻ろうか」


彼女と過ごす夜だけが、ずっと変わらずにやさしかった。


「うん」


ことり、とまた肩に預けられた重さに、すべてを捨ててそれだけを選べない現実を突きつけられる。



「泣かないで。わたしたちは、正しいことをするのよ」


そう言ってうすく微笑む彼女のほうが泣いているように見えたけれど、ぼくはただ黙ってうなずいた。






正しさの先にきみがいないなら、もう二度と月明かりをきれいだとは思えない。


世界でいちばんやさしい、最後の夜が終わろうとしている。

















『世界でいちばんやさしい夜』Fin.