夕日が沈んだ濃紺の空に紛れるようにして、ぼくらはなにも持たずにそれぞれの町を抜け出した。


待ち合わせは壊れた時計台の下。行き先はひとつしかなかった。

森の奥深くにある小屋は、何度もくり返した真夜中の散歩のときに見つけた、ぼくと彼女しか知らない秘密のひとつ。

古びた扉を閉めた途端に嵐がやってきて、顔を見合わせて笑った。


だれかが暮らしていた痕跡なのか、ずいぶん前に置き去りにされたらしいたくさんのダンボール箱の山から、埃をかぶった頑丈なランプと、ブランケットを一枚だけ借りて、ぼくらは夜のなかにいる。



彼女はぼくの肩に預けていた頭を持ち上げて、そっと膝を抱えた。鈍い明かりに浮かぶ華奢な輪郭を、心のなかで静かになぞる。

何度も触れて、つよく抱きしめた、奇跡みたいないくつもの夜が浮かんで、ひとつひとつぱちぱち弾けて消えていく。



「朝になったら、もっと遠くへ行く?」


淡い色の花びらのような声が耳を揺らした。もっと遠く、だれもぼくたちを見つけられないほど、遠くへ。

それは、とてもしあわせな、まぼろし。