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叶星が大毅の部屋にいたちょうどその頃。
氷室仁は那須連山の麓、関東と東北の境にいた。
小鳥がさえずり、白樺の林から吹き抜ける風が蚊取り線香の煙を揺らしている。
都会の喧騒は遥か遠く、なぜ毎日を忙しく過ごしているのかわからなくなるような、そこはそんな場所だった。
仁は、屋敷の縁側で座禅を組んでいる男の後ろ姿を見つけ、忍ぶように近づいた。
音を立てないように歩いたつもりだったが、畳は小さく軋む。
それが合図になったように、瞑想の時間から抜け出した彼は、振り返りもせずに「仁か」と言った。
「お久しぶりです」
振り返ったのはこの道場の主、幼い頃からの仁の武道の師匠、柳先生である。



