そして金曜日の昼下がり。
桜衣は予定通り休暇を取って明日の引っ越しに備えて部屋の片づけをしていた。
時間を見つけて不要品の処分など、出来る所は始めていたので大体の事は今日中に終わるだろう。
それに今日は強力な助っ人が手伝ってくれていた。
「桜衣、この箱も玄関に置いておけばいいか?」
Tシャツとチノパンの動きやすい格好で軍手をし、段ボールを整理していた彼が玄関先からひょいと顔を出して声を掛けて来る。
「うん、お願いしていい?」
「オッケー」
今日は陽真も休みを取って手伝ってくれていた。
彼が力仕事を率先して受け持ってくれたお陰もあり、部屋がみるみる片付いていく。
(こんなに広かったんだなぁ)
社会人になってからずっと生活していた部屋。ここが桜衣のホームベースだった。
明日はここから引っ越すと思うと、少しだけセンチメンタルな気持ちになってくる。
陽真は荷物の入った段ボール箱の蓋を押さえ、桜衣が手早くガムテープで閉じていく。
「忙しいのに手伝わせちゃってごめんね」
「普段はなかなか手伝えないだろ、これくらいの事はさせてくれよ。それにしても、良かったのか?家に来てもらう形で。せっかくだからもう少し広いマンションを買っても良かったのに」
「陽真のマンション充分すぎる位立派じゃない……それに、私、実は夢があって」
「夢?」
「いつか、陽真の設計した家に住むのが夢だから、それまでは、一緒に暮らせればどこでも良いかなって。ちゃんと買うのはその時まで取っておきたい気持ちがあるの」
「そんな風に思ってくれてたんだ……近い将来、桜衣の好みを満載した家を設計しようと思ってたけど。じゃあ、実現できるように頑張らなきゃな」
手を止めた陽真は嬉しそうに明るく笑う。
きっと彼の設計する家は素敵だろう。広く無くていい。太陽の光が差し込むリビングのどこかに桜衣のお気に入りのアンティークのスツールを置けたら。
庭があったら小さな桜の苗木を植えても良いな、と思う。
子供が生まれたら、年ごとに花を増やす桜の下でお花見をしてもいい。
今、想像する未来は温かさに満ちている。
「有能設計士さん、楽しみにしてるね」
幸せな笑みを浮かべる桜衣を見つめていた陽真は焦れたように呟く。
「あぁ、ヤバいな、桜衣が可愛い……作業中断してキスしていい?」
「っ!ほんっとにダメだからね!」
キスで済まない事が多いから!と桜衣は顔を赤くさせながら慌ててガムテープを引っ張り出す。
そんな傍から見たら胸やけをしそうなやりとりをしながらも、ふたりは仲良く作業を進めて行った。