「それにしても桜衣さんが結城さんの初恋の人だったなんて!」

「未来ちゃん、だから、そういう言い方されると何だか」

 未来とふたりでランチに訪れたのはイタリアンレストラン。

 オフィスの入っているビル内の店なので会社の人がいるかも知れないのだ。
 慌てて周りを見回したが、知った顔は居ないようだ。
 桜衣は苦笑してパスタランチセットのグリーンサラダを頬張る。

 陽真と想いが通じ、婚約者になってから既に半年近くたっていた。

 病院建設のコンペは無事受注を勝ち取ることが出来、什器関係の契約もINOSEが受ける事になり、大きな利益をもたらしている。
 
 建設は既に着工され、忙しい日々ではあるが、コンペ前に比べ業務量はだいぶて落ち着いているので、彼がINOSEに戻って業務にあたる事が多くなっている。

 ただ、桜衣の国内法人ではなく本来の海外営業部の方の仕事なので、桜衣と行動を共にすることは殆ど無い。

 あの後、精向社の社長からは副社長と桜衣あてに謝罪が来た。
 
 会社への脅迫まがいのクレームは史緒里が勝手にやったことだという。
 陽真の言っていた通り、桜衣に逆恨みした結果の行動だったらしい。
 
 陽真や副社長、旧友であるINOSEの社長にまで釘を刺され、精向社の社長も今更だが娘をし甘やかしすぎた事を自覚したらしく、秘書から外し、世間を知るため一度関係会社に出向させたそうだ。

 桜衣の方も相変わらず仕事に励んでいるが『ワークライフバランス大事だよー』と言う佐野の采配で、部署内の業務分担の見直しが行われ、以前ほどの忙しさは無くなっている。

 その業務分担の塩梅が、誰にも偏ることなくそれぞれがスキルアップにつながるような絶妙な匙加減だったので、さすがだと思った。
 桜衣も貧血で倒れた事もあり、自分一人で仕事を抱え込むのは返って周りに迷惑を掛ける事もあるのだと実感した。
 
 未来も本格的に営業の勉強をしたいと言ってくれているので、少しづつ出来る事を教えていこうとしている。

 婚約を報告した時は、自分の事のように喜んでくれた未来だが、桜衣と陽真が中学生からの旧知だということは知らなかったらしい。
 
 だから、こうして思い出したかのようにいじってくるのだ。

「だって知らなかったんですよ。副社長と結城さんが従弟って事も、桜衣さんと結城さんが昔からの知り合いだと言う事も。だからお似合いだと思って純粋にふたりの仲を応援してたのに」

 お互い好き合ってる事は見ててすぐ分かりましたからねぇ、という未来。

「それは……黙っててゴメンね」
 
 何となくバツが悪い。

「違いますよ、桜衣さん。私だって副社長と知り合いって言って無かったんですから。この場合、全ての情報を持っていて自分の良いように使っていた副社長が一番タチが悪いと思いません?」

「……陽真も同じような事言ってたわね」

 アイツだけが全ての情報を把握した上で黙ってた――ああいう奴はいつかバチが当たるな、と苦笑していた。

「でも、副社長のお陰で私たちは再会出来たんだし、未来ちゃんが副社長に私の事話してくれなかったら、副社長も私の存在に気付かなかったかもしれないし。ふたりには感謝しているのよ」

「それはそうなんですけど、なんか、悔しいんですよねー」

 陽真は社内でも当然のようにふたりの仲を公表し桜衣は慌てたのだが、男女ともに悲しみの声が溢れると同時に『やっぱりね』という空気が流れたらしい。
 
 周りからそう見えていたのかと思うと桜衣としては居たたまれないが。
 
 ともあれ現在ふたりは社内一の盤石カップルとして名をはせている……そうだ。