(うーん、急展開すぎて頭がついて行かない……)

 桜衣のマンションの部屋ごと入ってしまいそうな広いリビング。
 
 アールデコ風のアンティークに統一されたダークトーンのインテリアは、大正ロマン風で日本様式の建物と上手くマッチしている。
 かといって重苦しさをを感じない絶妙に居心地の良い空間だ……本来ならば。

 桜衣は今陽真の実家――結城家のリビングのソファに腰掛けている。

「急だったからコンビニのつまみになっちゃったけど」

「全然、充分だよ」

 ふたりでビールを飲み始めたのだが、どうもいけない、変に緊張して、言葉が少なくなってしまう。
 
 つい先ほど婚約者になった男性と彼の実家でふたりきり……意識しないわけにはいかないだろう。

 プロポーズを受け入れてすぐの執拗な(と桜衣は感じた)キスから解放された後、腰が抜けそうになった桜衣は陽真に手を繋がれ、再び町内の思い出の場所を歩いた。

 記憶を辿りながら歩くのはとても楽しかった。

 陽真に連れられて少し早めの夕食を同級生の継いだという定食屋でいただいた。
 帰省するとこの店に食べにくるらしい。
 同級生だった彼は、桜衣の事を覚えていて、驚きながらも歓迎してくれ代金をタダにしてくれた。

 就職したり、結婚したりして、この場所に残っている友人はそう多く無いと言う。

 皆それぞれの場所で、自分の道を進んでいる。

 心もお腹も満足した桜衣だったが、気が付くと思ったより時間が経ってしまっていた。
 そろそろ行かないと帰れなくなるから駅に向かう、と陽真に言うと、さも当然のように言われた。

『今日は俺んちに泊まっていけばいいよな』

――さすがにそれはまずいでしょ、と桜衣は慌てた。

『日帰りの予定で泊まる準備してないし、今から向かえば終電間に合うし、いきなりご実家に行くなんて』
 
『明日は日曜。俺と会う予定だっただろ。その俺がこっちにいるんだから問題ないし、コンビニで大概のものは揃うだろ。今からだと桜衣の家に着くのは深夜になって危ないし、実家の両親は基本東京で勤務しているからこっちに帰って来ることは数か月に一度。で、今日はだれも居ない』

 こういうところはさすがだ。桜衣の言い訳を一つ一つ丁寧に論破されてしまった。

 桜衣が返答に困っているとトドメが入った。

『ダメ、かな?』

『……』

『ダメかな?』と、困り顔でお願いされるとやっぱり弱い。

 恐らく、彼は桜衣がこの言い方に弱いのを知ってて使っている気がする。
 心が自分に有利な方に傾いているのがわかっていて最後の一押しをするのだ。

『えっと……じゃあ……そうさせて、貰おうかな』

 押されたのか、自ら踏み出したのか。
 実際、桜衣も今日このまま陽真と離れたくないと思ったのだ。


 人生で一気に物事が動き始める局面があるとしたら、それが今日なのかも知れない。