ふたりは懐かしい通学路を並んで歩く。部活帰りに一緒に帰った事を思い出す。

 あの頃と明らかに違うのは彼の手が自分の手を握っていることだ。

「コンペは無事終わったよ。手ごたえも十分あった。結果はどうなるかわからないけど、やりっ切った感はあるよ……君のお陰だ。ありがとう」

 陽真は、桜衣の歩調に合わせて歩いてくれている。

「お礼なんて。私あんな事生意気なこ事言ったし」

「俺がコンペに専念できるようにあんな言い方したってわかってた」

「えっと……」

 桜衣は言い淀む。自分の思惑がバレていた事もある。が、繋がれた手はいつの間にか恋人繋ぎになっているし、陽真はやけに身を寄せて来るし頬ずりしそうな勢いで桜衣の耳元で話すからどうも落ち着かない。
 
「それに、君に『結城がいないと仕事が回らなくなるとでも思ってるのか、バカにするなって』って言われて、その通りだと思ったよ。仕事に責任感を持って全力で当たっている君に失礼だったって」

 そんな言い方――しましたね。とすこしバツが悪くなる。
 
「何とか仕事は回せたけど、結城が居ないのはやっぱり大変だったよ」

 今日の自分は意地を張らずに不思議と素直に言葉が出てくる。
 
「そこまでしてくれた君に恥ずかしくないようにって、俺も向こうで仕事に仕事に打ち込んだ。終わるまではって、敢えて君に連絡もしなかった……でも、桜衣に会えないのは正直キツくて、コンペの前日に声だけでもって電話しちゃったけど」

 陽真は柔らかく笑った。




 川に向かって緩やかな下り坂を降りると、大きな桜の木が数本立っている場所に出る。

「――あぁ、着いた。懐かしいな」

「うん、懐かしい」

 この地を去る前に最後に陽真に会った場所。

 元々ここに来るのがこの小旅行の目的だった。
 思いがけず彼と来ることになった事が感慨深い。

 あの時を再現するようにふたりで並んで川面を眺める。
 寒くない?と聞かれて大丈夫と答える。
 季節的には冬ではあるが、今日は日差しも穏やかで、東京より少し暖かく感じる。

 今、桜の木には花どころか葉も付いていないし、整備されたのか、昔は無かったベンチが後ろの植栽側に置かれたりして、様子は少し変わっているが間違いなくこの場所だ。
 あの時の同じように人気は無く、川のせせらぎの音だけが聞こえてくる。

 しばらくふたりでは黙ってその音に耳を傾けた。

「……あの時、何も言わないで引っ越しちゃって、ごめんね」

 記憶より少し水かさが少なく感じる川の流れを追いながら口を開く。

「確かに、あれはショックだったな」

「さよならを言いたくなかったの。この場所も生活も大好きだったから。見送られるのが辛かった。それに、どちらにしても、すぐにみんな私の事なんて忘れちゃうだろうって。なら、最初からひっそりいなくなろうと思ったの」

「……そうか」