枕元に置いていたスマートフォンが振動し、着信を告げる。

「えっ?」

 手に取り表示を見た桜衣は息を飲み、でも慌てて通話ボタンを押す。

「結城……?」

『――桜衣』

 今まさに頭の中を一杯にしていた人物からの電話だった。

『まだ仕事中か?』

「ううん、もう家に帰って来てる」

『お疲れ――今良いか?』

 落ち付いた優しい声が自分を呼んでいる。

 久しぶりに聞く陽真の心地よい声が桜衣の心の中に染み込み、切なさが溢れてくる。

 本当に自分はどうしてしまったんだろう。完全に脳内が乙女回路だ。そんなキャラじゃないのに……。

 大丈夫だと答えると

『――体調でも悪いのか?声が疲れて聞こえるけど』

 と、伺うように言われる。

「え、別に大丈夫よ!まあ、確かにちょっと忙しかったけど、随分落ち着いたかな」

 ドキリとして、わざと明るい声を出す。勘が良くて怖い。

「確か明日コンペだって聞いてるけど、私に電話してる場合じゃないんないの?」

『もう、やるべきことは全部準備出来たから、明日の本番前に君の声が聞きたくなって』

「……私の声を聞いたってご利益にはならないけど」

 こんなに嬉しいのに、相変わらず可愛いことは言えない自分にガッカリしてしまう。今更なのだけど。

『俺にとっては何よりのゲン担ぎだよ』

 それでも彼の口ぶりは離れる前と同じようで、少なくとも表面上はわだかまりは感じない。そのことに少しホッとする。

 その後、お互いの仕事の話などをしたが、史緒里の事など、余計な事は言わないようにした。

「……明日、頑張ってね。結城なら大丈夫だと思うけど」

『あぁ、そのために色々犠牲にしてきたんだ、本気で取りに行く――桜衣』

「ん?」

『――会いたい』

 少しの間の後、彼の声がやけに切なく甘く聞こえたのは、自分も会いたいと思っているからだろうか。

「……」

『コンペが終わったら会えないか?ちゃんと話したいことがある』

「うん――分かった。私も話したい」