副社長は自分を糾弾するために呼んだのだろうか。

「――ご迷惑をおかけし、申し訳ありません」

「向こうは君を処分するように言ってきている。そうで無ければ今後INOSEへの様々な協力を考え直すともね」

 桜衣は一息ついてから言う。

「失礼な物言いも、暴言も先方からだと認識しています。ですが、言い合いのような形になったのは確かなので、もし会社に悪影響を及ぼすのであれば処分していいだいて構いません」

 副社長の落ち着いた口調に、桜衣も感情を押さえて答える事が出来た。

 まったくの言いがかりだった気がするが、自分の個人的な事情で会社全体に影響を与えかねない状況になっている事は事実だ。
 さすがに、クビにはなりたくないなとは思うが……。
 
 すると副社長は少しだけ口調を変えた。
 
「本当に清々しいね。そういうところを……あいつは気に入ったんだろうな」

「――あいつ、というのは、結城の……副社長の従弟の事ですか?」

 ちょっとしたお返しのつもりで出た言葉だった。

「……陽真が言ったのか?」

「いえ、それこそ、向井さんがわざわざ教えてくれました」

 そうか、と頷く副社長はさして驚いてはいないようだ。

「陽真からだけではないが、君のきちんとした仕事ぶりはよく聞いている。責任感があって手を抜くことは無いと。そんな社員が外部の会社とトラブルを敢えて起こすことは無いだろう。だから、最初から君を処分するつもりは無かった」

「え……いいんですか?」

 副社長と直接やり取りしたことは殆どないのに、過分な信頼を得ている気がする。不思議だ。
 
「一応、当事者から事実をを確認したくて、君に来てもらった。こちらの落ち度ではない事を先方には伝える……まあ、大丈夫だ。ウチに不利益にはならないようにする。寧ろ君を処分したりしたら、ウチの幹部候補も辞めるだろう?一度にふたりも優秀な人材を失いたくない」

 副社長は淡々と話す。

 「はあ……ありがとうございます」
 
 今一つ腑に落ちないままお礼を言ったので、間が抜けた言い方になってしまった。

 幹部候補とは、陽真の事だろうか?でも、そもそも彼はもうINOSEには戻ってこないのでは。

 疑問はあるが、一介の社員がこれ以上突っ込んだ事を聞いてはいけない気がした。

「……では、失礼しても良いでしょうか」

「あぁ、構わない。忙しいところ悪かった」

 やっぱり、副社長は今一つ感情が読めないなあと思う。
 普段からこのポーカーフェイスで、鬼のように仕事をこなしていくのだろう。
 
 ともかく用が済んだので、さっさと退散しよう。
 
 失礼します、と立ち上がった瞬間――サーッと頭から血の気が引く音がした。

「あ……」

 マズいと思うと同時に視界が暗転した。
 膝が崩れ、体がさっきまで座っていたソファへ倒れるように引き戻される。
 
 「倉橋さん?」という副社長の声が聞こえた気がする。

『もう、桜衣ちゃんは何でも頑張り過ぎなのよ。練習のし過ぎで貧血になるなんて。女の子は体大切にしないと』

(そういえば、中学の頃お母さんに言われたな……)

 一瞬、そんな事を思い出していた。