「あれ、私……」

 桜衣は目覚めと同時にいつもの朝と何か違う、と思った

 自分のベッドに横たわっているのだが、違和感がある。
 
 それもそのはず、昨日出掛けたままと同じ格好をしているではないか。
 
「やっちゃった……?」
 
 桜衣は慌てて昨日の記憶を辿る。

 昨夜はざわついた心を誤魔化そうと、恐らくだが3杯飲んでしまい、何だか楽しくなってしまった。
 
 お開きになった後、陽真にタクシーで送ってもらい、さらに玄関先まで連れて来てもらった覚えがある。
 
(うわ、かなり迷惑掛けちゃったよね。恥ずかしい……)
 
 彼には悪い事をした。今日会ったら平謝りしなくては。
 
 罪悪感に苛まれながら視界を傍らに移すとお気に入りのペンギンのモチモチクッションがいつものように視界に入る。
 
 こうして自分のベッドで寝ていると言う事は、帰って来てベッドに直行しそのまま寝てしまったんだろう。
 
 どうやら自分は少しのアルコールで楽しくなった後、とても眠くなるという、ただのめんどくさい酔っ払い体質だったようだ。

 今までは自宅や叔父の家に泊まった時にしか2杯以上飲んだことが無かったので、あまり気にしていなかった。

 幸い頭の痛さもだるさも感じない。とても安心してぐっすり寝る事が出来た。

 それにしてもメイクも落とさずに寝るなんて……恐ろしい。

 ともかく起きてシャワーを浴びなければ、と体を反対側に向けると今度は視界にあるはずの無い黒い物体が飛び込んでくる。

「ひっ……!」

 驚き過ぎて悲鳴が喉に詰まる。

 その物体が桜衣の声に反応したのか、こちらを向く。

「え……結城?」

「おはよう……あたた、背中痛」

 ジャケットを脱いで上半身Tシャツ1枚となっていた陽真が体を起こしてゆっくりとこちらを向く。
 どうやら桜衣のベッドを背に寄りかかり床に座って寝ていたらしい。

「うそ、何で……?」

「やっぱり覚えてないんだな」

 ベッドの上で唖然と座り込む桜衣に陽真は深い溜息を付く。

 あまり眠れなかったのか、表情が疲れて見える。加えて非常に機嫌が悪そうだ。
 
 聞くと昨夜は玄関先で寝てしまった桜衣をベッドまで運んだが、終電も無くなりそうだったのでそのまま泊まったらしい。

 何という事だ。自分のやったことに驚愕だ。

 状況を理解しながら次第に置きどころが無くなっていく。

 酔っ払いをタクシーで送らせて、家の中まで運ばせ、挙句床に座らせたままにしていた……

(え、てゆうか、ベッドまで運んでもらった?どうやってよ?)

 あまり考えない方が良い気がしてきた。

 もちろん着衣に乱れは……ブラウスのボタンが上の2つだけ外れているけれど、スタンドカラーだから暑くて無意識に自分で外したんだろう。
 
 彼は未だに憮然とした表情のままだ。迷惑を掛けたので当然だろう。が、

(も、もしかして、いびきとか、寝言が煩かったとか……?)

 お酒も入ってたし、ありえなくはない……だとしたら羞恥で死ねる。

 焦る桜衣には「俺がどんな思いで一晩耐え切ったか」という陽真の独り言は聞こえない。