「……っ!」

 桜衣は強い力で逞しい胸と腕に囚われていた。

 抱き込まれるように彼の逞しい胸に顔が押し付けられる。

 爽やかだがどこか男性的な香りが鼻腔を掠め、桜衣の心臓は跳ね上がる。

 一瞬でぼんやりした意識がはっきりする。

「――俺、そんな隙与えたかな?」

 頭上から絞り出すような声が聞こえてくる。

「ゆ……結城、苦しい」

「何で今更そんな事になってるんだよっ……」

 訴えても腕の力は全く緩まない。
 パニックに落ちるすんでのところで桜衣は思考を巡らす。

(ちょっと待って!?行かせたくないって、みんなの所じゃなくて来週末の事?もしかして結城と出かける約束していたっけ?たしかインテリアショップを見に行こうって誘われてたけど、それが来週末なんだっけ??)

 混乱した頭でグルグルと考える。
 
 確か講演会が終わったら、都内で新しくオープンしたインテリアショップに偵察に行ってみようと誘われていた。
 でも日にちは決めた覚えはなかった。実は約束していて桜衣が忘れてたのだろうか。

「もっもしかして、結城と約束してたっけ?だったらゴメン。叔父さんちに行く日を変えるから」

 抱きしめられたまま桜衣は言う。

「……叔父さん?」

 困惑したような声と同時に桜衣を抱きしめていた腕の力が弱まった。
 すかさず体を離す。

「さっきの電話って……叔父さん?」

「ううん、従弟だよ。小5の。たまには会いに来てって言われたから。でも結城との約束が先ならそっちを優先させる……結城?」

 目の前の彼は、目を大きく見開いて言葉を無くしている。
 
 そうとう衝撃を受けている顔だが大丈夫だろうか。

「………………ゴメン、俺の勘違いだ」

 陽真は暫くの沈黙の後、ふいと顔を逸らして言った。
 目元が赤く見えるのは気のせいだろうか。こんな彼は初めて見る気がする。

「――皆、待ってるな。行こう」

「う、うん」

 踵を返し早足で座敷に向かう陽真の後ろを追いかけるように歩く。

(え、なんだったの?)

 インテリアショップに行く約束がそこまで大事だったのだろうか。でも勘違いだと言っていたし……

 山登りをした時、彼の胸に抱き寄せられた事はあったが、こんなに強引にしかも体中を捕らえるように抱きしめられたのは初めてだ。

 まるで、逃がさないというような……

 遅れて顔に熱が集まって来た。指先を頬に当ててみると冷たく感じる。
 顔が熱い。更に酔いが回った気がする。

(……これは、ダメだ)

 驚いたけど、嫌悪感は全くなかった。