30階でエレベーターを降りる。

 高層ビルの中30階から33階までがINOSEのオフィスエリアだ。
 事業にオフィス環境を提案する業務もあるため、自社のオフィスは制度もハード面も最先端のものを取り入れていて、固定席を持たず仕事内容に合わせて自由に働く場所を選ぶフリーアドレスを採用している。
 
 図面を描く時、集中する時、完全防音の電話ブース、カジュアルな打ち合わせをする時――と、エリアや設備が整っており、それぞれ適した場所を自ら選んで働けるのだ。


 桜衣たちがリフレッシュエリアで備え付けのマシンで入れたコーヒーで一服していると、早速同僚や後輩から次々と声が掛かる。

「あ、倉橋さん帰ってきた!待ってましたよ」

「桜衣さん、伊藤病院から椅子だけサイズ変えて欲しいって言ってきたんですけど……」

「例の搬入日の件、後で相談乗ってもらってもいいですか」

 彼らの話を聞いたり、対応を取っている内にあっという間に時間が過ぎていく。

 仕事は楽では無いが、自分なりに努力し経験値が上がっていく中で、後輩に頼られることが多くなってきた。
 特に女子からは仕事面からプライベートまで相談に乗る事が多い。
 恋愛相談を受ける事もある。どうやら外見と年齢から経験が豊富と思われているらしい。

 しかし実はそういった経験は皆無で、経験値が高いのは面倒な誘いに対するスルースキル位だ。
 ただ話を聞いて一般論を言うくらいなのだが、何故か彼女たちは『さすが桜衣さん経験値が違う』と勝手に納得してしまう。

 ……まぁ、良いことだと思う。頼られるのは嬉しいし、慕ってくれる女の子は可愛いし、上手くやっていった方が良い。

 仕事の出来る優しいお局を目指している。それが桜衣の日常だった。