祖父母が既に他界していた事もあり、母を亡くした後、叔父の雅孝とその妻蓉子は桜衣に精一杯の事をしてくれた。

 叔父の家に住み始めた頃、すでにふたりは結婚を前提につきあっていた。

 自分がいたら新婚生活の邪魔だろうと、桜衣は大学に入ると同時に叔父の家を出る事にした。
 ふたりは都内なのだから一緒に住めばいいと言ってくれたが、流石に気を遣うし、これ以上重荷になってはいけないと思ったのだ。

 幸いと言ってはいけないのかも知れないが、母の交通事故の慰謝料があったので、全額叔父に管理してもらい、学費や住居費に充て、奨学金を使う事無く大学を卒業出来た。

 叔父の家にはふたりの子供がいる。桜衣の従兄弟になる姉の楓と弟の涼だ、

 この叔父一家の存在は桜衣の心の拠り所になっていて、時間を作って倉橋家に顔を出すようにしている。
 美形の両親に似たのか、女子高生の楓も小学5年生の涼も整った顔立ちをしている。

 特に涼の美少年ぶりは天使のようだ。アイドル事務所にスカウトされた事もあるらしい。
 赤ちゃんの頃から面倒を見て来た桜衣は彼が可愛くてしょうがない。
 涼も桜衣に懐いていて、たまにこうして電話を掛けて来る。

「どうしたの?涼君」

『桜衣ちゃん元気?最近連絡無いからお父さんが電話してみろって』

――すごいタイミングだ、その叔父さんの約束を破って2杯目を飲んでおります、とは言えない。

「あー、うん、心配かけてごめんね。今は会社の人とご飯食べてるの」

『――それは、男もいるのかって、お父さんが』

 どうやら涼の近くに叔父もいるらしい。

「職場の集まりだから、大丈夫よ」

 桜衣は苦笑する。

 桜衣が変な男に引っかからないかと気にしているようだが、もう28歳なのにと思う。
 心配してくれること自体ありがたいのだけど。

『桜衣ちゃん、全然こっちに来ないけど忙しいの?お姉ちゃんが会いたいって言ってたよ。今度はいつ来るの?』

 まだ子供のような高い声。もう少ししたら、声変わりして大人の声になっちゃうのかしらと蓉子が言っていたが、確かにそれは寂しい気がする。

「そうね、最近忙しくて、そっちに行けて無かったわね……」

 来週あたり行こうかなと思ったところで、少しばかりのいたずら心が出て、わざと聞いてみる。

「ねぇ、涼くんも私に会いたい?」

『え……もちろん、会いたいよっ!』

 電話越しに照れたような早口が聞こえる。

 何て可愛いんだろう。私の従弟は。微妙なお年頃なのに、年上の従姉を喜ばせる事を優先させてくれる。

 可愛い従弟の顔を思い浮かべながら続ける。

「ふふ、嬉しいな。私も涼くんに会いたいし、来週末泊まりに行くね。何か好きなご飯作ってあげる。考えておいて」

 蓉子の料理も美味しいが、たまに桜衣が作ると倉橋家の人は喜んでくれる。
 特に叔父は倉橋家の味だと言ってくれる。きっと母から教わった味だからだろう。

「また連絡するね――うん、じゃあね」

 電話を切り、ホッとする。可愛い従弟と久しぶりに話せたのが嬉しくて、顔がほころんだまま後ろを振り向くと……

 陽真が立っていた

 唖然とした顔で。