「おはようございます……何か御用でしょうか?」

 桜衣は極力陽真を見ないようにしつつ佐野に話しかける。

「おはよう。急に呼んで悪いね――結城さん。彼女がウチの若手からお姉さまと慕われる倉橋桜衣さん。倉橋さん、知ってるかもしれないけど、こちらのイケメンさんが新海営部長の結城陽真さん」

「結城です。よろしくお願いします」

 陽真は笑顔のまま立ち上がり挨拶する。

「……倉橋です。よろしくお願いします」

 白々しいと思いつつ、桜衣も挨拶を返す。

 それにしても佐野さん、紹介の仕方が軽すぎやしないか。

「そんな訳で、倉橋さん、暫く結城さんと組んでくれないかな?」

 ニコニコと笑いながら佐野が言う。
 なにが、『そんな訳』なのだろう。文脈がおかしい。

「組む?とは、どういうことですか?」

「結城さんはオランダにいた経験を買われて海営部長になったけど、本人はまず日本の市場、特に企業の現場を知りたいらしいんだよ。それで、現場に詳しい倉橋さんと一緒に仕事をしてもらうのはどうかなーって事になったんだ」

 3、4か月で良いからと説明される。

「ちょっと待ってください。結城さんの本来の仕事はどうするんですか」

「兼務という形になりますが、前任者と調整しながら上手く両立するから大丈夫ですよ。もうあちらの方とは粗方調整は済んでいるので」

 桜衣の焦りと裏腹に落ち着いた様子で陽真が答える。

「でも、私も色々案件抱えてますし」

 この話だと桜衣は陽真を現場に連れて行ったり、実務を教える事になる。
 彼の為に割く工数は無い。いや、何とかなると思うが無いことにしたい。

「その色々の案件を僕が手伝わせて貰う事で、現場を知る事が出来ると思うんだ」

「でも……別に私じゃなくても、他のメンバーでも良いんじゃないでしょうか?」

「君たちは同年代だし、色々やりやすいと思うんだよね。管理職とはいえ、入社して間もないから社内のルールとか教えてあげて貰えるといいかなーって」

 同年代というかむしろ同級生でしたけどね!色々やりにくいんですよ!と心の中で叫ぶ。

「是非お願いしたいですね。まだわからなくて戸惑う事も多いので」

「それに倉橋さん、言ってたじゃないか。今度来る海営部長がオランダで仕事していたのなら色々教わりたいって。ちょうどいいじゃないか」

「へぇ、そうだったんですか。じゃあ、お互い得る所が多いですね」

 勝手に盛り上がる二人の男性を前に言葉を無くす。
桜衣(ぶか)に睨まれている事に気付いた佐野は、美人に凄まれると怖いんだよねーと呟き、視線を泳がせてから申し訳なさそうにトドメの一言を言う。

「正直な所、結構上から来た話だったんで、僕も断れずにオッケーしちゃったんだよ。今更なんとも出来ないんだよね」

「佐野……さん」

 いけない、上司なのに敬称を略しそうになってしまった。