……また、昔の夢を。

 アパートメントの自室で仕事の続きをしようとノートパソコンを開いたのだが
連日の激務の疲れが出たのか、ついうたた寝してしまったらしい。

 夏のアムステルダムの日の入りは遅い、日本なら既に暗くなってる時間帯だが
窓から見える街並みが暗くなる気配は無い。

 開きっぱなしのデスクトップの画面には満開を迎えた頃の桜の画像。
 これを壁紙にしておくと花好きのオランダ人に受けがいい。
 変えないでいるのはそれだけが理由ではないのだが。

 改めて資料フォルダを開いているとチャットの呼び出しが入った。
 承諾ボタンを押すと、旧知の男の顔が映し出される。
 相変わらず憎らしいほど端正な顔立ちだ。

「久しぶりだな。今時間あるか?」

「どうした、日本(そっち)は真夜中だろ。わざわざ通話でだなんて。何かあったのか?」

「いや、そういうわけじゃないが……前にメールで送った件、考えてくれたか?」

「……あぁ、その話か」

「起業するにしても、一度企業で現場を知ってからの方がいいだろう?」

「まあ、そうなんだけど」

 確かに自分は近年の日本の市場を現場で感じていないので、そうすべきであるとは思う。
 しかし、この有能な男の思惑通りにされる気がして面白くない。

「そのまま、飼い殺しにされるような気がするんだが」

「お見通しか」

「そりゃわかるさ」

「――お前に、一つ良い情報をやろうか」

「なんだ、やけに偉そうだな」

「『桜』に『衣』で『さえ』」

「……!」

 勿体つけるように彼の口から出た名前に驚き言葉に詰まる。

「この名前の女性がウチの法人営業にいる――今、データを送った」

 慌てて表示されたファイルを開き、内容を確認する。

 しばしの沈黙の後、何の躊躇も無く言葉が出て来た。

「……いつ、日本に戻ればいい?」

 PCの向こうで笑いを噛み殺す気配を感じたが、表示された画像から
目を逸らすことが出来なかった。