サックリ上品に揚がっている海老は美味しくて思わず顔が緩む。

「今までしてた事は?」
 
 離婚を経てるように見えるのだろうか。
 結婚はおろか恋人もいた事もないというのに。
 旧友の彼にも経験豊富な女に見えるのだろうか……複雑だ。

「いえ、したことも無いです」

「苗字が変わってる」

「あ……母の離婚で苗字変わったんです。ていうか、ヤケに掘り下げますね」

 事情を知らない彼が不思議に思うのは無理はないか。

「自分で確認しないと不安なんだよ」

「え?」

「……いや、さっきみたいな輩は多いのか?」

「輩って……確かにお誘いはたまにありますけど、さっきの松浦さんみたいに強引な人はあまりいません」

「……ふーん、あまり、ね」

 陽真は表情を曇らせ、暫く黙った。

「――今付き合ってる男はいないのか?」

「いませんけど」

(さっきからやけに人のプライベートに踏み込んで聞いてくるなぁ。このぐいぐい来る感じ、昔もあったような)

 桜衣は気づかれない程度に溜め息を付いてから、男性から誘われたり、周囲から『なんで彼氏作らないの』と言われる時返す言葉を使った。

「今は仕事が優先で、誰かとお付き合いする気が起きないので」

 こう言っておくと取り敢えずこの手の会話を終わり出来る事が多い。
 本当は今は、というよりずっと、だと思っているけれど。
 自分の中で一人で生きていく人生プランは出来ているし、わざわざ自分の暮らしのペースを乱し、気を使ってまで男性と付き合う意味は見いだせない。

「なるほど、『今は』ね……まぁ、排除する手間が無いだけ良かったか」
 陽真はなにやら聞き取れないくらいの小声でつぶやいている。
 その後思案するようにまた黙ってしまった。

「……?」

 何か変な事を言っただろうか?
 会話が途切れたまま、桜衣は食事と一緒に出されたほうじ茶の入った湯飲みを所在なく両手で包む。
 まぁいい。会社では同級生だと言う事は黙っておいてもらい、適度な距離感を保っておこう。
 こんなイケメンと個人的に関わったら、何かしら厄介な事に巻き込まれるような気がしてならない。

――しかし、この時、既に手遅れだったのだ。


「桜衣」

「はい?」

「結婚しよう」


……ん?

今、状況にそぐわない言葉を聞いた気がする。

「…………ケッコンシヨウ?」

なにかの呪文だろうか。

(ケッコン……けっこん、まさか「結婚」のこと……聞き間違えたかな?)

「すみません、今なんて」

「結婚しよう」

 同じ言葉繰り返す、目の前の男の表情からは感情は見えない。

「え?結婚って、だれがだれと?」

「キミ、が、オレ、と」

 陽真はゆっくり桜衣と自分を掌で示した後、湯飲みを包む桜衣の手の上から自らの両手を重ねてきた。
 大きな手のぬくもりを認識したのと同時に、彼の言葉の意味を理解する。

(えっっ!?)

「な、なっ、何言ってんの!?今、私の話聞いてたでしょ!無理!けっ結婚なんて!」

 桜衣は狼狽える。こんなに取り乱したのはいつぶりだろうか。
 再会した旧友が訳の分からない事を言い出した上、手まで握って来た。
 振りほどきたいのだが、熱いほうじ茶が入った湯飲みごとすっぽり手で包まれているので動かせない。

「やっと昔みたいな口調になった」
 
 やっぱり桜衣はそうじゃないと、と陽真は整った口の端を上げ、重ねていた掌をゆっくり離す。

「……」

 やっぱり冗談だったのだ。桜衣はふにゃりと脱力する。
 過剰な反応をしてしまった自分が恥ずかしい。そして包まれていた手の感触がこそばゆい。

「もう……悪い冗談やめてよね。わかったわよ。会社の外ではタメ口使うから」

 まぁ、会社外で個人的に会う事なんてこの先あまりない気がするけど。

「そうか。そうしてくれると嬉しい。あと、俺の事は名前で呼んで。『はるま』って」

「――何故?」

「だってこれから結婚前提で付き合うんだろ。お互い名前で呼び合いたい」