第一章 〜夏色〜

【タイムリミット/2年7ヶ月】

豊田晴飛(とよだはるひ)15歳
高校1年の夏休みがあけて、久々の学校だ。同じクラスの菊川公平(きくかわこうへい)が早速、声をかけた。

「おはよう!おー晴飛、髪切ったな」

「うるせーな笑、おはよ」

「夏休みの課題終わった?笑」

「え笑」

「やっぱな笑、俺もやってねー」

いつもどおりの公平だ。夏休みはほとんどアルバイトをしていた晴飛は、久々の再開に胸を踊らせていた。

「おっはよ〜晴飛!菊川も!」

同じく、クラスメイトの伊東桃(いとうもも)も晴飛たちに声をかけた。桃は、晴飛の中学時代の元恋人である。

「伊東か、おはよう」

「おはよ」

別れた今でも、こうして普通に話ができるので、気が楽だ。それが桃のいいところだ。

「あ、葛西さん!おはよ!」

「(ビクッ)…ぉ…ぉはよ…」

クラスメイトの葛西奈月(かさいなつき)は、とても大人しい人で、身体が弱いらしい。

「ねぇ晴飛、今聞こえた?」

「んー…聞こえなかったかも…」

「だよね、感じわるー」

余計な一言を言ってしまうのが桃の悪いところだ。

「まぁそういう人もいるよね」

……………………………………………

授業の前に席替えをした。晴飛は奈月と隣になった。

「よろしくな」

「(コクン…)」

こうして近くでみるとかなりの美形だ。晴飛は、奈月が人と話をしているところは見たことなかった。晴飛はちょっとずつ話しかけてみよう…と思った。

〈SHR後…〉

「あ…やべー、日本史の教科書忘れた」

「今日2時間目あるぜ?やったな晴飛笑」

「やったわ…笑」

「伊東にみせてもらったら?」

「晴飛、教科書忘れたの?いいよ!見せてあげる!!」

「お前俺の後ろじゃん、隣の葛西さんに見せてもらうからいいよ、ちょっと話してみたいし」

「へ…へぇ、わかった」

何か歯切れの悪い言い方だったということに、晴飛は気づけなかった。

〈2時間目…〉

「葛西さん」

「(ビクッ)な、なんですか…?」

「あ、ごめんごめん笑、でさらにごめんなんだけど、日本史の教科書忘れてきちゃって、よかったら見せてくれない?」

「……いいよ、」

かろうじて聞こえた。

「ごめん、ありがとう」

「(コクン…)」

晴飛と奈月は机を近づけた。
晴飛は奈月に話しかけてみた。

「今日も暑いね」

「…そ…そうだね…」

声はいつもどおり小さかったが、何か違和感を感じて、奈月の顔を覗き込んだ

「葛西さん、具合悪い?」

奈月は首を横に振った。

「…大丈夫」

「ほんとに?顔色悪いよ?」

「…ン…大丈夫だよ…ぁりがと」

「無理しないで」

しかし、時間が経つに連れ、奈月の顔色はさらに青白くなっていった。

「ほんとに大丈夫?」

「(コクン)」

奈月は喋れなくなっていた。奈月は胸を押えながら、苦しそうに頷いた。

「先生!葛西さんが体調悪いみたいなんで保健室に連れて行きます」

「確かに顔色悪いな、豊田頼む」

「行こう」

晴飛は、奈月の身体を支えながら教室を後にした。

「晴飛…」

……………………………………………

〈保健室へ行く途中…〉

「歩ける?」

「(コクン)…ボソボソ…」

聞こえなかったので、耳を奈月の顔の前にやった。

「なに?」

「…あ…りがと…」

「いいよ」

そのとき、奈月の足が止まった。

「どうした?」

奈月は立っていられなくなり、その場にしゃがみ込んでしまった。晴飛はすぐに奈月の背中をさすった。

「…ゔぅ…」

「歩けない?…もしかして、葛西さん…」

すると、奈月は晴飛にもたれかかり、晴飛の耳元で

「…救…急…車ッ………」

奈月はそう言うと、意識がなくなってしまった。

「葛西さん?葛西さん!!先生!誰か来てください!」

「なんだ?どうした!?」

「先生、葛西さんが…」

「すぐに救急車呼んで」

「ッ…はい!」

奈月は救急車で病院へ運ばれていった。

………………………………………………
〈2時間目後…〉

授業が終わると、公平はすぐに晴飛のところへ飛んで来た。

「晴飛、葛西さんどうしたの?」

「わからない、けど、すごく顔色が悪くて苦しそうだったから、保健室連れてこうとしたら倒れちゃって、救急車運ばれてった」

「あ!さっきの救急車、葛西さんだったんだ」

「うん、…もしかしたら、葛西さん、心臓悪いのかも…」

「げ…心臓…?」

「うん、言ってくれればよかったのに…」

「ねぇ」

後ろから声がして振り返ると、桃だった。

「なに?」

「晴飛さ、葛西さんのこと気になってる?」

「なんでそうなるの?」

「だって、あんな心配そうにしてる晴飛、初めて見たから」

心にもなかったことを聞かれ、晴飛は戸惑った。

「俺だって、あんな具合悪そうにしてる人初めてみた、多分そういうことだよ、別に気になってるとかじゃない」

「そう…?」

−−この出来事が、晴飛の人生を変わる始まりだった。しかし、この時はまだ、そんなことは知る由もなかった。−−−−−

……………………………………………

奈月は1週間ほど入院した。学校へ行くと晴飛の席の隣には奈月の姿があった。

「大丈夫だった?」

「うん、救急車呼んでくれてありがとう」

「いいって、……葛西さんって、もしかして心臓が…」

「そう…ちょっと良くなくて…」

「そっか…具合悪かったら言ってくれればよかったのに、放置したらまずいでしょ?」

「人に話しかけるの、慣れてなくて…」

晴飛は"言ってくれればよかったのに"と言いながら、奈月の気持ちを考えて、もっと早く気づけばよかった、と後悔した。

「具合悪くなったら、話しかけなくていいから俺の肩叩いて教えてね」

「…?」

「俺、隣の席だから。保健室とか付き添うし」

晴飛はそう言いながら奈月を見ると、奈月は口を抑えながら下を向いていた。

「!…体調悪い?」

顔を覗き込むと……奈月は泣いていた。

「…え?、どうしたの?」

「そんな…こと(ヒクッ)言われたの(ヒクッ)初めて…だから…(ヒクッ)嬉しい…」

「…っ」

「ありがとう…!」

「…うん」

その奈月の泣きながら笑う顔が、晴飛の心を揺さぶった。晴飛はその、とても脆く、切なく、儚い笑顔に胸が締め付けられ、心を奪われた。

(この人には、俺しかいないんだ)

……………………………………………

「なにあれ…」

桃は、公平と2人の様子を見ていた。

「なんか、いい感じじゃね?笑」

「どこが?意味わかんないあの子」

「伊東、嫉妬してんの?笑」

「してない!!けど、なんか嫌…」

「晴飛は、困ってる人がいるとほっとけない性格だってお前も知ってるじゃん」 

「そうだけど、」

「多分、晴飛に恋愛感情とかないよ…」

桃は人一倍嫉妬深い。しかし公平もそうは言ったものの、"もしかしたら"と、晴飛のことが気になっていた。

……………………………………………

「葛西さん、テレビとか見る?」

「…たまに、?」

「昨日『キング』みた?」

「あ…みたよ…!」

「あれ面白かったよね笑」

「うん…笑」

晴飛は奈月と話してみて、奈月はみんなが言うほど感じ悪い人じゃない。むしろ、とても穏やかでとても良い人だ。

ーーもうすぐ、夏が終わるーーーーーー

            〜第一章 終〜