「こちらをどうぞ。ホットタオルです」
 「ありがとうございます………え……」
 「ですが、自分でやるより私がやった方が早いですね。失礼します」


 そういうと菊那が断るより先に、その男は菊那の肌に温かいタオルを当てた。そして、優しく割れ物を扱うように泥を拭ってくれたのだ。


 「じ、自分でやれますっ!」
 「顔は綺麗になりました。後は髪ですね。後ろの方に泥がついていますので、後ろを向いてください」
 「………自分で出来ます」
 「後ろは難しいでしょう。私に任せてください」


 優しい口調と態度だが、全く譲らない様子を見て、菊那は以外と頑固なのかもしれないと思い、それ以降は何も言えなくなった。

 初対面の人の庭にお邪魔して、泥まで取って貰い、しかもそれが美男子だというから、今日は何という日だろうと菊那は内心でドキドキと胸を高鳴らせていた。


 風もない静かな空間。
 タオルで髪を撫でる微かな音と自分の激しい鼓動だけが響いている。相手にもこの音が聞こえているのではないかと思ってしまうほどだった。
 その時、彼の細く冷たい指が菊那の耳に触れた。それだけで菊那は驚き体をビクッとさせてしまう。

 すると、男は「すみません。驚かせてしまいましたね」と顔を覗き込んで来た。その表情は申し訳なさそうにしているが、どこか楽しそうに見えた。菊那は、「わざとなの?」と思ってしまいつつも、初対面の男にそんな事を問いかける事など出来るはずもなかった。