その男はまるで図鑑が頭の中に入っているかのように、すらすらと花の事を話してくれる。それも、とても楽しそうに。
 そんな彼をポカンと見つめていると、男性は苦笑いをした後に「立ち話しは失礼でしたね」と言った。


 「その可愛らしい泥棒の話を聞きたいので、屋敷へどうぞ。綺麗な髪や肌にも泥がついてしまっていますから」
 「………え、もしかして……この花屋敷にですか?」
 「えぇ。ここは私の家になります」
 「…………あなたが花屋敷の主人………」


 菊那が最近耳にした話。それは、袋小路にある花屋敷の噂だった。滅多に開かないドアの先には枯れない四季折々の花達が咲いている。それは、その主人が魔法の魔法で咲いているからなのか、時空を操れる主人がその場所だけ時を止めているからなのか。そんな摩訶不思議な噂だ。

 その主人がこの美形の男だというのだ。
 噂を聞いたときはきっと年老いた白髪混じりの魔術師のような人を想像してしまった。が、現実とは妄想の上をいくものなのだろうか。


 「どうぞ、こちらへ」
 「………はい」


 この屋敷に入ったことのある人はほとんどいないと言われているが、噂の花屋敷にまさか自分が入ることになるとは思ってもいなかった。

 菊那は多少の不安を感じつつもあふれでる好奇心には勝てなかった。
 うっすらとラインが入ったスーツの背を眺めながら、菊那はその屋敷の門をくぐったのだった。