「………初めまして。私はここの屋敷の史陀樹と申します。あなたが、花泥棒さんですか?」
 「………ど、泥棒………」
 「ここの花は私にとって大切なものです。そこに咲いていたチョコレートコスモスの1輪の花も。………あなたが持っているのでは?」
 「それは…………」
 

 怒るでもなく、いつもの柔らかい表情で
ゆっくりと近づいてくる樹に、少年は動けなくなっているようで、視線を樹に向けたまま固まってしまっていた。


 「………あの花を返していただけませんか?」
 「どうしてもあの花が欲しかったんだ。だから………」
 「欲しかった理由を聞いてもいいですか?」
 「………それは………ホワイトデーのお返しだよ。バレンタインに貰ったから」



 少年が話したのは、菊那が予想した通りの事だった。きっとこの花の名前を知ってあげよう、そう思ったのだろう。
 けれど、人の家から勝手に取ったものをプレゼントするのはいけないことだろう。それを伝えなければ、と菊那が口を開けようとした。けれど、その前に樹がまた1歩少年に近づきながら声を掛けた。