きっとこれが恋人同士なら嬉しい状況と台詞なのだろう。
 美男子であり、紳士的できっと優しい。そして、地位も高い方なのだろう。喜ぶべきシチュエーションのはずなのだ。
 けれど、菊那はドキドキした気持ちを感じつつも、怖さを感じてしまった。猫に首の後ろを捕まれた鼠の気分だった。捕まってはいけない相手に捕まってしまったという感じだった。
 けれど、菊那が見つめた樹の瞳を見ていると不思議だった。少し潤みキラキラと輝く黒の宝石、オブシディアンのようだった。きっとオブシディアンのように綺麗さに隠れて鋭いものを持っているのだろう。
 拒否する事など出来るはずがなかった。


 「……お役に立てるかわかりませんが………私でよければ……」
 「本当ですか?ありがとうございます!感謝致します」


 樹は掴んでいた手首を離したと思うと、今度は両手で菊那の手を繋ぎ、ブンブンと振って喜びを表していた。
 計算高い人なのかと思えば、こうやって素直に手を振って喜ぶ姿を見せる。目の前の美男子はよくわからないな、と菊那は思った。

 こうして、何故か花泥棒の少年探しを手伝う事になった菊那は内心で大きなため息を溢したのだった。