時の止まった世界で君は

「あっ、このかめさん、おてて ない…」

その声に水槽を見てみると、確かに前腕が片方ないかめが泳いでいた。

水槽の説明欄によると、海で怪我をしていた所を保護され、ここで飼育されているらしい。

泳ぎには支障がなさそうだが、見ていて少し痛々しい……。

「本当だね。……怪我しちゃったんだって。ほら、ここに書いてある。」

「……そっか。けがしちゃったんだ。…いたいかな、かわいそう……。」

そう言ってなつは水槽のガラス越しにカメを撫でる。

その時

「うわ!ねえママ見て!変なカメいる!」

水槽に駆け寄ってきた5歳くらいの男の子。

その発言に悪意はないのだろうけど、その言葉を聞いた途端、なつの表情に影が落ちた。

「ひろくんは、かめさん、なおせないの?びょーいんで、おてて、つけてあげられない?」

突拍子もない質問だった。

けど、質問の意図はなつの悲しげな表情から察せられた。

でも、染谷先生は冷静で、なつを宥めるように優しく頭を撫でた。

「ごめんな、俺は人間のお医者さんだからカメさんは治せないな。…治してあげたいよね。でも、できないんだ。」

染谷先生がそう言うと、なつはまた悲しげに眉を下げて再び水槽を見た。

「…でもさ、なつ。」

その声になつは振り返って先生を見る。

「カメさん、今、ちゃんと泳いでるよ。腕は片方無くなっちゃったかもしれないけど、頑張ってもう一個の腕と足で泳いでる。だからね、きっと大丈夫。俺たちが何もしなくても、カメさんは自分で泳げるよ。」

とても暖かい声だった。

直接は言葉にしていないけど、何を言わんとしてるかは、ちゃんとなつにも伝わったようで、なつは少し安心したような顔になった。

「なつは、優しいね。かめさんのことも気にかけてあげたんだね。」

そう言うと、なつはこくりと頷きそれから笑顔になって、またガラスに手を当てた。

「カメさん、がんばれ!なつも、がんばるから!」

「そうだね。また、次来た時に頑張ったことカメさんに教えてあげような。」