「……やだ、やんない…」

水族館に行ってきた次の日。

新しいクールに入って今日からは放射線治療が始まる

…予定、だったんだけど……

なつは朝から布団にこもって「やらない」の一点張り。

まあ、昨日が楽しかった分、やりたくない気持ちはわからなくもない……、でも もうそろそろ部屋の予約の時間も迫っているし……

コンコンッ

まるで、タイミングを見計らったかのようなノックに驚きつつも返事をすると、ドアから顔をのぞかせたのは苦笑いの染谷先生だった。

「おはよう。そろそろ、瀬川困ってるかなーと思ってきたけど案の定だったね。」

やっぱり、見透かされていた……

先生はそのまま、なつのベッドのところに行くと、ベッドに腰かけて布団の上からなつをポンポンと叩く。

「なつ、おはよう。お顔、出せる?」

「やだ」

「…即答? まあ、いっか。じゃあ、そのまま聞いててね。」

そう言うと、瀬川先生はどこか遠くを見つめるように視線を窓の外へ向けて、また優しくポンポンと今度はリズム良くなつの体を叩き始める。

「昨日は楽しかったね。楽しかったから、今日の治療が嫌なのはわかるよ。でもさ、治療って何のためだったっけ?もう一回思い出してごらん。」

「………」

先生はなつから言葉を引き出したいんだろうけど、なつも簡単に引き下がる様子はない。

「思い出せない?」

「………」

「ありゃ、だんまりか……。」

どれだけなつが先生の言葉を無視しても、「やだ」と即答しても、先生の表情は優しいままであった。

「…まあ、でも。……きっと、なつもわかっているよね。なんのための治療か。…それでも、怖いんでしょ?……辛いから、やりたくないんだよね。」

「…………うん」

とても小さな声だった。

「そうだよね。辛いのは嫌だよな。……うん。でもね、また治療やる”理由”思い出してご覧?なんで、治療するんだっけ。」

「………びょーき、なおす」

「うん、それもある。…けどさ」

それまで遠くに投げかけていた視線を、染谷先生はそっとなつに向ける。

「なつが、元気に楽しく遊べるように戻るために、治療は必要なんだよ。」

いつにも増して優しくゆっくりとした声で先生はなつにそう語りかけた。