茉菜side


ふと授業中に思い出す昨日の出来事。
思い出したら少し甘酸っぱいような
少し引っかかってしまうようなそんな出来事。
そっと袖口からほんのりあいつの
香水のいい匂いがする。
落ち着く、怖いくらい落ち着く。
まるで近くにいるみたいだ。
動物は自分の縄張りに匂いをつけると
何かの本で読んだことがある。
誰かにマーキングされてるみたいなのに
この匂いは嫌じゃなかった。

「今日の授業内容は鎌倉幕府の成立からです。
教科書は90ページからですね。まず、…」

日本史の担当教諭は淡々と授業を始めた。
(鎌倉かぁ。そういえば昨日七里ヶ浜の話
あいつとしたっけ。)

昨日話した小説の話を思い出し、
また授業が上の空になる。
これだから成績が下がっちゃう。
わかっていてもこれだけはやめられなかった。

会話の内容全てがまるで紙に書かれているかの
ように鮮明にさらさらと思い出せる。
けれど、私が思ったところで何も変わらない。
だって、あいつは私のものじゃないから。
私はあいつのただの幼馴染みだから。
どうせ妹みたいにしか思われないから。
どうせ都合のいい暇つぶしくらいだから。
そう思えば思うほど苦しかった。