弟が『姫騎士になる』と言い出したら私が王太子になる事になりました。

 
 更に一ヶ月。
 入学から二ヶ月が立つ、今日……ついにクラスが本決定する。
 二ヶ月間の査定は昨日で終わり、この……。

「またお茶会かぁ……」
「諦めてください」

 お茶会の終わりに発表される。
 私の隣ではげんなりした表情のエルスティー様が柵の合間に肘を置いてため息をついた。
 でも、私たちよりももっとげんなりとしている方が少し離れた場所におられる。

「そんなに退屈なのでしたら、メルヴィン様を助けに行けばいいではありませんか」
「やだよ。今日は左右にあの双子がいるんだよ。……はあ、見ているだけでイライラする……」
「そ、そこまで仰らずとも……。というか同じ公爵家の令嬢なのでしょう? エルスティー様が片方をお見初めになれば解決するのでは?」
「無理無理、絶対無理。生理的に無理」

 ……殿方でも生理的に無理、とか、あるのね。

「ぎゃはははは! そうだろうそうだろう! 俺様はシャゴインの王太子だからなぁ!」
「は、はい、さすがシャゴインの王太子様ですわ……」
「え、ええ、本当に……ほほほ……」
「ではどうだ、俺様の側室になる話は? ん? 悪い話ではなかろう?」
「あ、ええと、私婚約者が……」
「わたくしも……」

 …………で、私の婚約者はよその国のご令嬢をナンパして、側室に迎えようとしている。
 本来の婚約者に扮するセイドリックには挨拶さえない。
 これは喜ぶべきか、嘆くべきか。
 腹は立つけど、それも一瞬。
 安堵の方が大きい不思議。

「君の姉の婚約者は今日も絶好調だねぇ」
「本当に……」

 ちなみにセイドリックは先月の舞踏会以来、メルティ様とレディ・ウィール様のお二人にとてもよくして頂いている。
 毎週誰かの邸に招かれたり、私たちのお邸に招いたりしてお茶会を楽しんでいるし、クラスは違えけど食堂に一緒に赴いて昼食を摂っていた。
 個人的には、寂しいけど……。

「いいのです、姉様が幸せそうなので」
「まあ、あれに関わらない方が彼女は絶対幸せだよね」

 しみじみとエルスティー様に頷かれた。
 複雑である。
 ……しかし、側から見てもそうなのだろう。
 そして、メルティ様が他国の姫に奪われた双子令嬢たちは、本来の目的に直接攻撃を開始した。
 そう、メルヴィン様だ。

「メルヴィン様、お口をお開けくださぁいん? はい、あーん!」
「わたくしがメルヴィン様に食べさせるから、レイシャはメルティ様のところへ行ったら⁉︎」
「あらぁ、ミーシャお姉様こそついこの間までメルティ様にべったりだったではありませんの! メルヴィン様はわたくしの方がいいに決まってますからぁ、お姉様はメルティ様のところへ行って結構ですわよぉ?」
「ぐぬぬぅ! そんな事ございませんわよね! メルヴィン様⁉︎」
「わたくしをお選びくださいますわよねぇ? メルヴィンさまぁ?」
「……………………」

 メルヴィン様……顔が、死んでる……。

「あーあ、やりたい放題だねぇ」
「シルヴィオ様、シルヴァーン様」

 お茶をソーサーに載せたまま歩いてきたのはシルヴィオ様と、お皿にお菓子を持っているのはシルヴァーン様。
 爽やかな笑顔で「やあ、うちの弟と仲良くしてくれてありがとう」と挨拶をしてくる。
 はあ?

「弟、さん?」
「え? 相手をしていてくれたんじゃないの?」
「?」

 そこ、と指さされて「はあ?」とエルスティー様のいる左ではなく、右側を見下ろす。
 ビクッと肩が跳ねた。
 な、なんかいる!
 私の足元に、白い頭のなにかーーー⁉︎

「シ、シルヴェル様⁉︎」
「い、いつから⁉︎」
「…………」

 しゃがんでいたのはシルヴェル様!
 エルスティー様ではないけれどいつからここに⁉︎
 全然気付かなかった!

「シルヴェルが懐くなんて珍しいね」
「ちゃ、ちゃんと挨拶はしたんだろうな? シルヴェル」
「…………こんにちは」
「「今したの?」」

 お兄ちゃん二人に突っ込まれて、こくん、と頷くシルヴェル様。
 お、王子とは思えない気配のなさ……。
 そして、一応ちゃんと挨拶はしてくれた。
 これはこちらもきちんと挨拶しないとね。

「こんにちは、シルヴェル様。ええと、いつからこちらに……」
「最初から……」

 えぇ、マジでございますか……?
 嘘でしょう?
 私、エルスティー様とどんな話してたかしら……ヒェ……。

「シャゴインの王太子はなにしに来ているのかなぁ。側室探し? まあ、それもある意味間違いではないんだろうけれど……あの国ってミゴ繭の糸で折ったミゴ織物以外に特産品らしい特産品はないだろう? 側室など養えるのかな?」
「あの国の王太子は現実を知らないのではありませんか?」
「シルヴァーンは彼を嫌いすぎではない?」
「普っっっ通です!」

 ……力強い主張ね。
 うん、まあ、その気持ちは分かるけれど……。

「セシル姫と結婚すればロンディニアの交易品を今より安く、ミゴ織物をより高く取引できると思っているのだろうね。噂だと、セシル姫との婚約はロンディニア側からの申し出だったというじゃないか」
「ああ、ええ、まあ、はあ、ソウデスネー」

 うちの異母姉たちのゴリ押しの嫌がらせデスヨー。
 お父様やお母様が反対するのも、反対して取り下げるのも見越した上で向こうに好条件を添えた上、もし婚約取り消しを申し出た場合のロンディニアは関税を取らなくします、というペナルティーまでくっつけて申し込んでいたんだからー。
 手が込んでいて、さすがのお父様も頭を抱えていたわよー。
 あちらとしても隣国の王女との婚約は願ってもない申し出。
 二つ返事のトントン拍子だったわ。

「そうなの? ちょっと理解に苦しむね。なぜまたロンディニアからそんな実のない婚約を?」
「シャゴインには大した軍事力などないだろう?」
「そうだよね、資源的にも……ロンディニアからシャゴインに支援する事はあっても、シャゴインの協力が欲しい情勢でもない、よねぇ?」
「…………」

 三人が三人……あ、いえ、シルヴェル様も首を傾げておいでなので四人とも……私に説明を求める眼差し。
 ううう、あまりにも身内の恥すぎて説明したくない!
 でも、どう誤魔化せばいいのか……。

「………………。簡単に言いますと、そうですね、ええと……あ、余っていたので?」
「「「余っていた?」」」
「は、はい。姉のセシルは、国内で婚約者が見付からなくて、余っていた、のですね……そ、それで姉たちが……」
「ええ? そんな理由? どうして婚約者が国内で見付からなかったんだい? 彼女、淑女としては申し分なさそうだけど……」
「そうですね。立ち居振る舞いといい、物腰柔らかな雰囲気に、はっきりとしたもの言い。見目も麗しく、一国の姫として恥じないお方だとオレも思います」
「あ、ありがとうございます、シルヴァーン様! 私もそう思います! ですよね! 最高の淑女ですよね! 最近は料理も始めて、私に振舞ってくれるのですよ! もうほんっと天使! 可愛すぎて胸キュンが止まらな……」
「は、はあ」

 はっ、し、しまったつい!
 うちの子が褒められたから嬉しくて、つい!

「へえ、シルヴァーンがそんなに女性を高く評価するのは初めてだね。歳も同じだし……シャゴインに渡すぐらいならうちの国でもらってもいいんじゃないかな? 自分は反対しないよ。兄様も父様も良いって言うと思うけど」
「は、はあ⁉︎ い、いえ、そ、そういう意味で言ったわけでは……! た、単純に客観的な評価をですね……」
「おねえちゃん……」
「「⁉︎」」

 ビクッと肩が跳ね上がる。
 隣でシルヴェル様が呟いた一言。
 ま、まさか! まさかこんなタイミングでば、ばれ……⁉︎
 まさか! 一体今までの会話の流れで、どこに気付かれる要素が……⁉︎

「ほしい……」
「バッ! へ、変な言い方をするな! と、というか、それなら別にオレが結婚しなくても兄様たちのどちらかが結婚すればできるだろう⁉︎」
「結婚かぁ。自分はもうミカに骨抜きだから無理だね〜」

 ん?
 んんん?

「おや、シルヴェル様はお姉さんがほしいのかい?」
「…………(こくり)」

 エルスティー様がシルヴェル様に顔を近付けて問うと、無表情で頷いている。
 あ……『おねえちゃん』って、別に私の事ではなかったのね!
 ビビビビックリした!
『おねえちゃんがほしい』って、お兄さんたちに『早く結婚しろ』っていう意味だったのね。
 は、はぁ……焦った。

「あ、ええと、シルヴィオ様には恋人がいらっしゃったのですか」
「いや。口説いているのだけれど一切振り向いてくれないんだ」
「なんと⁉︎」

 シルヴィオ様のような方がお気持ちを伝えても振り向かないような女性が⁉︎
 そ、そりゃ、確かにシルヴィオ様は次男だし……?
 いえ、でもこんなにお綺麗で立ち居振る舞いも完璧な、次男とはいえ王族の方なのに⁉︎

「ええ? でも君、確か王太子だろう? そんな君を振る女性が国内にいるのかい?」
「え? シルヴィオ様は王太子なのですか⁉︎」
「兄が虚弱体質でねぇ……」

 目が遠い⁉︎

「アーカの国に療養に行くほどなんだ。あの国は暖かいから栄養のある食べ物が多くて、兄様もあの国の食べ物はよく食べてくださる。そんなわけで兄のシルヴェスターはほぼ国内にいない。必然的に自分が王太子になったんだよ」
「そ、そうなのですか。え? では次期国王にはシルヴィオ様が?」
「そうだね、あまり知られていないけれど……その方向で話は進んでいるね」
「なんと!」

 てっきり長男であるシルヴェスター様が時期国王になられるのだとばかり!

「だから自分はミカと結婚したいのだけど、彼女は頷いてくれないんだ……」

 なにが「だから」なのだろう?
 あ、もしや次男が次期国王だから、後ろ盾の意味だろうか?
 そ、そうね、確かに次男の方が国王になるなら、奥方はしっかりとした身分の方の方がいいだろう。
 ブリニーズ王国がどういう文化なのかは、ちょっとよく分からないけれど。

「…………」

 ちらっと、シルヴァーン様を見ると、ものすごく汗ばんで目を逸らしている。
 な、なに、あれ?
 なんの反応なの、あれ。

「毎晩一緒に寝ているのに……」
「そういうところ……」
「なぜ!」
「そういうところ……」

 い、一緒に、毎晩⁉︎
 よく分からないけど、同行しておられるのかな?
 ひえぇ、婚前交渉なんて……!
 あれ? でも婚約者では、ない?
 そしてシルヴェル様の「そういうところ……」って……。

「どういう事ですか?」

 シルヴァーン様に聞いてみる。
 だらだらと汗を流しながら「き、聞かないで欲しい……」と言われてしまう。
 き、聞かない方がいいのですね……。

「さて、雑談もここまでかな」
「?」

 エルスティー様の低い声色。
 見上げると真面目な表情……からのニンマリ顔。
 彼の視線の先を見ると、数人の教師が現れた。
 お茶会を楽しんでいた貴族たちは、しん、と静まる。

「ご歓談中、失礼致します」
「たった今、二ヶ月の査定が終了致しました」
「どのクラスに配属されるかは後ほど、皆様のお邸にお手紙という形でお知らせ致します」
「では、これにて本日のお茶会は終了となります。お気を付けてお帰りくださいませ」

 ぺこり。
 と、教師たちが頭を下げた。
 なるほど、結果は邸に届けられるのね。

「明日明後日はお休みですから、その間に……」
「そういう事だね」

 クスっと笑うエルスティー様。
 もし、王族爵位の高い貴族でありながら下級クラス、あるいは中級クラスになった者は親が具合を悪くした、身内が結婚するなど適当な理由を付けて帰国する。
 その準備の為のお休みだ。
 表向きは教室の準備、という事だけどね。

「…………」
「なにか不安な事でもあるのか?」

 シルヴァーン様が覗き込んでくる。
 不安な事……あります。

「いえ、例え中級クラスでも、二年生になる頃には上級になってみせます!」
「な、なにか減点になるような事をなさったのか?」
「……というより、加点対象のイベントやテストに参加していない事が何度か……」

 入学前のお茶会とか、狩りの試験とか。
 でも、入学前のお茶会はエルスティー様のせいだし、狩りに関しては後悔していない。
 狩りは狩人の仕事だもの。

「そ、そんな事を? それは確かに、微妙だな」
「上級クラスに入るのに加点対象のイベント不参加は確かに痛いね。まあ、少なくとも中級クラスになっても人格的な意味で来月のお茶会にはお誘いするよ」
「あ、ありがとうございます……?」

 にっこり微笑むシルヴィオ様。
 腕を組み、唇を尖らせつつ「兄様がそう言うならオレも別に……」と続けてくれるシルヴァーン様。
 若干意味は分かりにくいけれど、今後も交流は続けてくださる、という事かしら?

「まあ、でも君は大丈夫だと思うけどね」
「そ、そうでしょうか」
「うん、むしろ君のお姉さんの婚約者の方が、ねぇ?」
「…………」

 まあ、ジーニア様と比べれば、まあ……。

「では三日後にまたお会いできるのを楽しみにしていますよ」
「失礼する」
「…………(ぺこり)」

 ブリニーズ三兄弟にお辞儀をして見送る。
 もし中級クラスならば、結局同じクラスにならないまま一年過ごす事になるのね。
 シルヴェル様には懐いてもらっていたようだし、残念だわ。
 いえ、まだ諦めるのは早い! はず……。