入学式翌日は座学のテスト。
 その次の日はマナーのテスト。
 三日目は美術品の目利き。
 四日目は乗馬。
 五日目は——。


「ふう……」
「おや、気が乗らなさそうだね」
「ええ。よもや狩りが課題として出されるとは思いませんでした」

 馬に乗り、その横に付けてくるのはエルスティー様。
 級が定まるまではランダムで選ばれたクラスにいるのだが、私とセイドリック、そしてこのエルスティー様は同じクラスだった。
 ジーニア様とメルティ様、そして皆のお目当とも言うべき、この国の王太子様も別なクラス。
 クラスの級が確定する前に、王太子様と親密になれる機会を得た運の良い者たちは、さぞ必死だろう。
 私とセイドリックも、本来ならザグレの王太子様とは親しくならなければならないのだが、クラスが違うと接点もない。
 メルティ様もあれ以来近付いてこないし、なかなかお目にかかる機会もないのだ。
 こうなれば二ヶ月後、上級クラスを勝ち取るしかないだろう。
 とはいえ、今日の課題は狩り。
 この学園の側にある、レシドンの森で大物を狙うというもの。
 狩りだなんて……野蛮だわ。
 こういうのは狩人などの職人の仕事ではない?
 素人の王族貴族が生き物を追い立てて、無駄に恐怖を与えて、そして命を奪う。
 なんておぞましいの。

「もしかして狩りは苦手、とか?」
「いえ、我が国では狩りは狩人の仕事。生き物をむやみやたらに追い回し、下手な弓矢で無駄に怪我をさせる事もなく、苦痛を与えぬままに仕留めます。命への尊敬と感謝を持って、狩人は仕事をするのです」
「え、じゃあ、君は狩りは初めてという事?」
「我が国では狩りは職人の仕事ですから。紳士の嗜みにはなりません」
「え、ええ……」

 エルスティー様はとても驚いた表情。
 先に森に入ったクラスメイトの男子たちが、きゃっきゃきゃっきゃと騒ぎ立てている。
 お、おぞましい。

「…………。戻ります」
「え⁉︎ これ今日の課題だよ⁉︎」
「私にはこの森の命を狩り取る縁も所縁も資格もありません。命の上にある成績など私には不要です」
「…………」

 更に驚いた表情をされた。
 けれど、私はあの森の生き物を殺す資格などない。
 あの森の生き物は別に私へ敵対してきたわけでもなければ、私の大切な民を傷つけたわけでもないのだ。
 馬の踵を返し、学園の方へと戻る事にした。
 すると、しばらくしてから一頭の馬の駆け足の音。
 振り返るとエルスティー様。

「もう終わったのですか? 大物は獲れましたか?」
「嫌味だなぁ。僕も帰る事にしたんだよ」
「エルスティー様も入学前日のお茶会は欠席しておいでではないですか? むざむざ加点をお捨てになるので?」
「あはは、君にだけは言われたくないね」
「……まあ、それはそうですが……」

 そう言われてしまえばその通り。
 むう、と口を噤む。
 なにやら楽しげなエルスティー様に、段々腹が立ってくる。
 なにがそんなに面白いのかしら?

「エルスティー様はいつも楽しそうですね」
「君が面白い人だからね」
「………………」

 私は今、盛大に王族らしからぬ顔をしてしまったことだろう。
 でも、仕方ない。
 彼はますます愉快、という顔をしているのだ!
 私をまるで珍獣のように!
 もう! なんて失礼な方!

「学園に戻ったらまた手合わせしない?」
「お、お好きですね……」
「負けっぱなしは性に合わない」
「そのような性格には見えませんが」
「おや? そうかな? では修正しておいてくれ。僕はこう見えてかーなーり、負けず嫌いなんだ」
「ほう……分かりました。ですが私も手は抜きませんよ」
「当然だね」

 私だって負けるのは性に合わない。
 異母姉たちのつまらない嫌がらせで、泣いたら負けなのだ。
 そう思って育ってきた。
 負けるのだけは絶対、嫌!
 こうして五日目はエルスティー様と学園で手合わせとなった。

 六日目は剣技のテスト。
 苦手ではないが、個人的にはセイドリックが受ける料理や刺繍のテストの方が得意なのだけれど……。

「さあ! やろうセイドリック!」
「順番はお守りください、エルスティー様」

 なんで目が爛々としているのだこの方は。
 昨日も散々手合わせしたというのに!
 私は少し体を動かしすぎて、疲れが抜けていない。
 ロンディニアにいた時の鍛錬でも、あそこまでの手合わせはした事はないもの。
 あと、私……というかセイドリックは王族よ?
 思いっきり呼び捨てにしてくれちゃって、この方は!

「そういえばエルスティー様のお歳はお幾つなのですか?」
「僕かい? 僕は十七だ」
「ああ、左様でしたか」

 セイドリックは十三歳。
 四歳も年上、という事ね。
 私自身とは一つ違い。
 でも、年齢に関しては正体が関わってくるから言えない。
 ので、飲み込むしかない。
 まあ、だとしてもやっぱり王族への態度ではないわよね?
 もぉ〜……。

「君は?」
「私は十三です」
「へえ? もう少し歳が近いのかと思っていたよ」

 実年齢は貴方の一つ下ですから、そうお感じになるのも無理ないかもしれませんね。

「どちらかというと、君のお姉さんの方が十三とか、そこいらのように見えるね」
「うっ」

 そ、その通りですからね。

「あ、姉は元々童顔ですし、少し幼い感じがあるのです。なんというか、天然っぽいというか……」
「ああ、そんな感じだよね。失礼な言い方かもしれないけど、箱入りオーラが出まくってる!」
「ほ、本当に失礼ですよ!」

 ザグレの貴族ってみんなこうなのかしら⁉︎
 いえ、それだけ他国を見下している、という事なのね。
 まったく、とんでもない国だわ……!
 幼い頃に一度だけ来た際、ザグレの王にお会いした際は「なんて立派な王様なのかしら。こんな方に統治される国なのだから余程貴族や民も素晴らしいのだろう」と勝手に思っていた当時の自分に思い知らせてやりたい!

「ああ、だから是非、手加減なしでやろう」
「…………」

 なんとも嗜虐的な笑み。
 呆れて言葉が出てこないわ。

「一気に冷めました」
「なんとー」
「そんな安い挑発よく思い付きましたね。まさか昨日、一度も私から勝ちを取れなかったのをまだ妬んでいたんですか? ふふふ、意外と器がお小さいのですね」
「む、むっ!」
「さあ、エルスティー様、舞台の順番が回って参りましたよ。存分に踊りましょう。ああ、ですが私、今日は昨日の疲れが残っておりますので……一回だけの全力かつ真剣勝負と参りましょう。そちらの方が燃えますでしょう……?」
「……いいよ」

 空いた試合用コートに上がり、剣を抜く。
 お互いの剣先を重ね、口角を上げた。
 昨日散々“遊んだ”のだもの。
 エルスティー様の癖は大体覚えたし、それは向こうも同じかしら?
 だとしても、私は今日も負けないわ。
 今日のテストは勝ち上がり戦。
 勝てば次に進み、負ければその場で終わり。
 最初の相手は指名できる、決闘式。
 昨日の狩りでは加点を捨てたので、今日は何が何でも一番にならないといけないのよね。
 そんなわけでーーー。

「始め!」

 教員の声にすぐさま剣先を下へ降ろす。
 彼の事だ、一番有効と思う突きを繰り出してくるだろう。
 案の定、私が剣先を下げたと同時にしゃがみ込む事を予想だにしなかったエルスティー様は、驚いた顔をする。
 残念、もう遅いわ。
 その顔をしたら私の勝ちよ!

「っな⁉︎」

 左手で鞘をベルトから抜き、エルスティー様の脚の間へ滑らせた。
 それをぐい、と左へ押せば彼は足首に鞘が当たって左足が浮き上がる。
 まあ、いわゆる足掛けね。
 すかさず彼の右側へ抜けて、後ろへ回り込む。
 背中から崩れそうになりつつも、すぐに体勢を立て直そうとするところへ!

「うっ」
「私の四十二連勝ですね」
「…………」
「そ、それまで!」

 首の真横に細剣の刃を寸止めする。
 教員の声で、細剣を首から外した。
 周囲のどよめき。
 エルスティー様は深々としたため息を吐き出す。

「今のはちょっとずるい」
「そんな事ありません」

 多分。
 心の中で付け加える。
 これが才能だというのなら、一国の姫としていかがなものか……。
 我が国でも、嫁ぎ先であるシャゴインでも、戦う姫など聞いた事もない。
 不要な才能だわ。

「ロンディニアの王太子なのがもったいないな」
「……どういう意味ですか」

 肩を竦めるエルスティー様。
 発言の真意はわからないけれど、だいぶ変な事を言われたような……?
 ああ、ちなみに、今日のテストの一番は当然私が頂きました。