弟が『姫騎士になる』と言い出したら私が王太子になる事になりました。

 

「そういえばずっと気になっていたのですが、ザグレの貴族の中にはメルヴィン様の事を知っている方もいますよね? 入れ替わりの事を口止めしていたのですか?」
「いやー、いないね。僕、基本的にエルス以外の貴族の前には出なかったから。そちらこそロンディニアの貴族たちによく気付かれなかったね」
「私は基本的に(異母姉たちの嫌がらせで)お茶会やパーティーには出ないのです。セイドリックも年に一度の誕生日のお茶会にしか人前には出ませんでしたので……」
「そうなの?」

 そうなのです。

 メルヴィン様がメルヴィン様として学園に通うようになって一ヶ月。
 シャゴインのジーニア様が学園を去って一ヶ月……。
 今日は私がお弁当を作って(来いというメルヴィン様からのリクエスト)学園の屋上で、二人きりのお昼ご飯。
 一部の貴族はメルヴィン様が私『セシル』に婚約を申し込んだ事がバレている。
 しかし、この学園の中で『セシル』に扮するは私の弟『セイドリック』。
 ややこしい事この上ないので、メルヴィン様がいい笑顔で「あまりペチャクチャ喋る人は嫌いだよ」と釘を刺してくれた。
 大変ありがたいのだが、そうなると気になりだした事がある。
 王族の顔を知らない貴族なんているのかしら?
 と、いう疑問だ。
 私の場合は華やかなところに私を出したくない異母姉たちが、お茶会やパーティーがある事を教えてくれなかったり、わざと笑い者にしようと見窄らしいドレスを寄越したり、靴を隠したり……あ、この辺でやめておくわ、きりがないから……そんな感じでセイドリックの誕生日のお茶会にさえまともに出られた事はない。
 それにそういう場は婚約者探しや、国内の状況把握が主な目的。
 他国に嫁ぐ事が決まっていた私には、あまり関係がなかったのだ。
 異母姉、特に長女は自分の息子を次期王に望んでいたから、それはもう必死になって支援者探しをしていたみたいだけどね。
 残念ながらお父様とお母様がラブラブなのは周知の事実。
 お父様とお母様が結婚する時に色々あったみたいで、お母様に対する貴族たちの信頼度がなぜかとても高いし、長女の野心は望み薄なのよ。
 それでも自分の子供を、と望むのは、母心故なのか。
 セイドリックより一回りほど幼い甥はそんな母心に振り回されて、いつも支援者を望む母に連れ回され、どこか疲れた顔をしている。
 幼いのに可哀想な事だ。
 まあ、それは今置いておくとして。
 なので、ロンディニアの貴族が私たちの入れ替わりに気付かないのは無理のない事だったりするのよ。
 でも、ザグレはその辺どうなのかしら?
 と、思っての質問。
 意外にもメルヴィン様も、これまでお茶会やパーティーなどには出ておられないらしい。

「でもなぜメルヴィン様は人前にお出になられなかったのですか? ザグレほどの大国でそれが許されるなんて意外です。ましてメルヴィン様は王太子様ではないですか」
「だから母にうるさく言われていたんだよ。言われると余計出たくなくなるのにさ」
「こ、子どもか貴方は!」
「子どもだったからね、実際。あと、ミーシャとレイシャに絶対会いたくなかったのもある」
「……………………」

 頭を抱える。
 私が作ってきたサンドイッチを頬張りながら、眉を寄せて語るその姿。
 ……メルヴィン様と入れ替わっていたエルスティー様が両脇を固められ、魂が抜けたような顔をしていたのを思い出すと……う、うーん、だからあの双子は拗らせてああなったのでは、と思わないでもないような……?

「だって小さい頃……それこそお茶会デビューする前から毎日毎日手紙が届いていたんだよ? 僕が五歳だか六歳くらいの頃に一度紹介されたけど、二つ違うんだもん、当時の彼女たちなんてもっと子どもじゃないか。それで一目惚れしたから〜とか言われて信じるかい⁉︎」
「……いえ、それは、まあ……」

 親の方便、というか、まあ、言わずもがななアレだろうけど。
 それにあの双子令嬢、メルヴィン様たちの入れ替わりに気付いてもいなかったから、まあ、つまりそれが答えね。
 もちろん、女の子というのはおませさんが多い。
 特にレイシャ様はそんなタイプっぽい。
 王子様、というのも無条件で女子の憧れの存在だ。
 そして、父親が公爵。
 手の届く位置に自分がいるとなれば当然、手を伸ばそうとするだろう。
 相手がその手を取るのもなぜか「当たり前」だと感じるお年頃。
 ミーシャ様はあの一件で目が覚めたようだが、レイシャ様はそれに気付くのが遅すぎた。

「死んでもあの二人とだけは結婚しないと決めていたから、あの二人に遭遇しそうなイベント事は徹底的に逃げた」

 全力で。
 そして結果的に他の貴族とも会う機会を逃してきた、と。

「そうでしたか」

 付け加えられたそれになんとも言えない気持ちになったが、メルヴィン様の『女嫌い』を発症させた罪は重い。と、思う。
 いや、まあ、そのおかげでメルヴィン様は、私に興味を持ってくれたのもあるのだけれど。
 あら?
 なら、私はあの二人に感謝すべきなのかしら?

「それより僕は君があのダメ王太子と婚約した本当の事情が知りたいな?」
「そ! そういえばジーニア様が上級クラスにいた理由は分かったのですか?」
「おや、随分話の逸らし方が下手だね? まあいい、その話もするつもりだったし」
「…………」
「そういう顔するならキスするよ」
「うっ」

 確かに自分でも下手だな、と思った。
 だから唇を尖らせてごまかしたら、意地悪い笑顔でそんな事をおっしゃる。
 慌てて顔を背けた。
 うう、そ、そうね、ザグレの王太子……メルヴィン様との婚約が成立したら、こんな事ではダメなんだものね!
 分かってますよーっだ!
 なんだか異母姉たちの事を言ったら、メルヴィン様が笑顔で異母姉たちへの圧力をかけそうなんだもの。
 自惚れすぎかしら?
 私ごときの為にそんな事しない?
 うーん?

「ジーニアの件だけど、採点する教師たちに買った女で誘惑をしかけ、弱味を握って上級クラスに入り込んでいたよ」
「…………。王族以前に人としてクズですね」
「この学園の教師もストレス溜まってたみたいたからコロリと落ちたらしい。聞いた時は呆れたものだ」
「そ、それは……」

 まあ、いくら教師といえど王族貴族の相手は疲れるだろう。
 特にザグレの、自国の王族も通っているのだ。
 接する時は緊張してしまうに決まっている。
 しかし、ジーニア様……どこまでも人としてダメな方だ。
 教師たちをはめるなんて、王族というより賊ではないの。

「で? 僕は教えたんだから君の番じゃない?」
「へ? な、なにがですか?」
「なにがですか、じゃないよ。ジーニアとの婚約だ。そろそろ本当になんでそんな事になったのか教えておくれ?」
「ひぇ……」

 笑顔だけど、笑顔だけど!
 笑顔だけど背後にどす黒いなにかが〜⁉︎

「…………。……うう……、じ、実は……」

 これは観念するしかないだろう。
 諦めて、他言無用を条件に異母姉たちの嫌がらせである事を白状した。
 異母姉たちは身分の低い母を持つ私と、ようやく生まれた男児であるセイドリックを目の敵にしている。
 長女にとって、自分の息子を次期王に、という野心もあるのだと説明した。
 だから長女にとってセイドリックは邪魔なのだ。
 私が母に習った料理でセイドリックを育ててきたのも、半ば毒を盛られるのを警戒しての事でもある。
 まあ、城の中でもイフや一部使用人にはお母様の熱狂的ファンがいるのでそんな人たちに支えられ、やってこれたのもあるけれど。
 異母姉たちのお母様は皆位の高い貴族のご令嬢。
 元正妻の長女の母なども、私とセイドリックをとても疎んでいる。
 父の心が己から離れた事がなおの事腹立たしかったのだろう。
 お父様が私たちに構えば構うほど、彼女たちの圧がすごくなるのでお父様も私たちも週末以外、お城で会うのを控えるようにしているくらいだ。
 控えてても、見つからないように会いに行ったりするけどね。

「なるほど、君のところも意外とややこしい事になってるね」
「ま、まあ、王家などどこもそうではないでしょうか。お母様は田舎貴族の田舎娘ですから、後宮に入るのは元々嫌がっていたそうです。その割に貴族たちからの支持は厚いので、あの方たちもあからさまに手を出したりはしません。だから標的は私たちに絞られるのでしょうけど」
「ロンディニア王やお妃はなにも言わないのかい?」
「お父様もお母様も『どのみち嫁入りすれば女の戦いには巻き込まれる。今のうちに跳ね返せるように強くなりなさい』と仰います。私もそれが正しいと思っている。殿方のように剣で斬り合う戦いの方が簡単ですが、女には女の戦い方があるのです。それを学び、そこで潰されない強さがなければ王族としてやっていくのは難しい。という事なのです」
「…………」
「ああ、メルヴィン様はそういうのがお嫌いなんでしたよね」
「うん」

 素直……。

「しかし、そうか、後宮とはそういう面倒なものがあるのか」
「私のお父様は元々の婚約者がおりましたし、公爵のゴリ押しで側室を迎えました。メルヴィン様は……」

 私以外の方を、側室として迎えられるおつもりがあるのかしら?
 そう聞こうとしたのに、言葉が詰まる。
 なぜ?
 だって、王族なら側室を持つのは不思議な事じゃないわ。
 むしろザグレほどの大国なら当然、側室の一人や二人迎え入れるべき。
 今のザグレ王もメルヴィン様のお母様と、メルティ様のお母様、お二人の妻をお迎えになっている。
 健康には自信があるけど、もしも私が子を成せない体であったなら側室は一人では足りないだろう。
 なんだかそう考えると……胸が……。

「僕がなに?」
「え、えーと、いえ、なんでも……」
「そういう悲しそうな顔をされると解決しておかなければ後々後悔しそうだ。話して?」
「そ、そんな事は……、……うぅ……」

 優しく微笑まれ、覗き込まれる。
 顔が近い。
 いやだわ、表情に出ていたのかしら?
 頰を両手で摘みつつ、少し悩んだ末に白状する事にした。
 この翡翠の瞳に覗き込まれると、なんだか無駄な抵抗のように思えてくる。

「メルヴィン様も側室を迎えられるのかな、と」
「え、いらない。生理的に無理」
「…………」

 へ、返答しづらーい‼︎

「い、いえ、でももし私が子を産めない体だったら……!」
「その時はメルティに産んでもらえばいいじゃないか。あの子もまだ婚約者はいないけど、今のところ他国に嫁に出す話は出てないよ。うちの親とランドルフ公爵はエルスとメルティを結婚させたいみたいだけど……」
「そ、そうなんですか⁉︎」
「仲がいいからね、幼馴染で。……ただ僕が『待った』をかけてる。どうにもあの二人は兄妹感が強くて、男女感の意識が薄い!」
「…………」

 ものすごくよく分かる。
 よく分かってしまう。
 エルスティー様がメルヴィン様と入れ替わってる時も、メルティ様は普通に『お兄様、お兄様!』とまとわりついておられた!
 男女の関係の気配は微塵も感じられないほどに!
 あまりにも自然な兄妹感で、エルスティー様がメルティ様のお兄様だと言われても多分気付かない。

「あ、もしやそれでエルスティー様にも婚約者がいらっしゃらないのですか?」
「そうだよ。まあ、メルティももう少ししたら恋だのなんだのに興味を持ち出すだろう。多分。僕のような性癖ではないはずだから、王家の世継ぎなんてメルティに頼めばいいよ」
「そ、それは……でも……」
「それに僕あんまり子ども好きじゃないし」
「え、ええ……」

 この人自体が子どもっぽいから納得しそうにはなったけれど〜。
 王族として子どもが好きとか嫌いとかは関係ないような〜?

「君は子ども好きなの?」
「え? ええ、好きですよ」

 セイドリックの面倒は私が見てきたようなものだもの!
 そりゃ、小さな頃はまだお母様もお城にいたし、使用人もたくさん付いていた。
 なによりロンディニア王国待望の男児の赤ちゃん。
 私も弟が……味方ができた事で大はしゃぎだった。
 可愛い可愛い私の天使。
 あの頃に比べると本当に立派になったけれど……中身は今も昔も天使のまま。
 あ、普通に容姿も天使のままだけど。
 そうね、子どもは好きだわ。

「ふーん」
「……なんですか?」
「いや、まあ……確かに君に似た子どもなら可愛いだろうな、と」
「…………」

 顔を背けた。
 一気に全身が熱くなった気がしたので、顔が真っ赤になったと思う。
 それを見られたくなくて、背けた。
 真顔でなにを言い出すのかしらこの方は。

「…………そうか、婚約者になるってつまり合法的に君と子作りする義務が発生するって事だものね。単に君を他の男に渡すのが癪で婚約の申し込みをしたけど、つまりそういう事だよね」
「はぁ⁉︎ ちょっと、それどういう事ですか! いや、まあ、それは、その、ま、間違ってませんけど、でも、でもなんか間違ってません⁉︎ すすすす少なくともただ婚約者になっただけでその義務は発生しないと思います⁉︎」
「あ、そうか。婚約者はあくまで結婚の約束をした者同士という意味だものね。じゃあ婚約が決まったらサクッと結婚しよう」
「そそそそそうなんですけどちょっと待ってください! わ、我々はまだががが学生です!」
「え、じゃあ卒業式に結婚しよう」
「〜〜〜〜!」

 ま、真顔でなにを言ってるのかしらこの方は〜⁉︎
 そ、そりゃ、シャゴインのジーニア様にも似たような事を言われたけれど?
 なんでメルヴィン様に言われると、こ、こんなにままならない感じになるの⁉︎
 胸がドキドキ、顔が火照るし、じっとしてられないというか、とにかく恥ずかしい!
 でも! それ以上に嬉しい!
 あわわわわ〜!

「ちなみに婚前交渉はあり?」
「なしです!」







 今度こそ終われ。