弟が『姫騎士になる』と言い出したら私が王太子になる事になりました。

 
「セイドリック」
「あ、ありがとうございます」

 戻られたエルスティー様にコップを差し出された。
 へ、へえ……ティーカップとも違うガラスのコップ。
 透明ではなく、赤や緑の色が付いている。
 中の液体は黒っぽいけれど、これは……?

「コーヒーというブリニーズの特産品だよ」
「え? ブリニーズには特産品があったんですか?」
「え? ああ、そうか。ロンディニアはアーカやブリニーズとあまり親交がないんだっけ。うん、あるよ。ブリニーズは魔獣も多い分人の住む場所が限られていて、意外とその他の土地は広大な畑になっているんだ。荒らされても痛くも痒くも無い程度にね。手入れもあまり必要ではない、強い作物が育つのだそうだよ」
「そ、そうだったのですか……」
「まあ、このコーヒーはさすがに手入れされていると思うけどね。初心者は砂糖とミルクを入れて味を調節するといい」
「は、はあ?」

 と、エルスティー様は砂糖とミルクを勝手にそのコーヒーなる物へと入れていく。
 黒から茶色に、色が変わる。
 でも香りはいい飲み物だわ。
 初めて嗅ぐけれど、嫌いではない。

「い、いだだきます」

 一口飲んでみる。
 あ、美味しい……。
 少し苦味があって、けれどミルクのまろやかさと砂糖の甘みが独自の風味に混ざり合い、口に広がる。
 ミルクのまろやかさのおかげで後味がかなり強めに残り、一気に飲み干せてしまえそう。
 ……もったいないからやらないけど。

「エルスティー様は、砂糖とミルクは使わないのですか?」
「うん、まずは香りだけ楽しみたいのでね〜。ブリニーズでは熱いお湯で淹れて飲むのだそうだよ。うちの国はあまり熱い飲み物が好まれないから、こうして冷ました湯で淹れる。本場で淹れたものもいつか飲みたいものだけど……」
「へ、へえ……」
「シルヴィオたちのお邸に遊びに行ったら飲ませてくれるかな?」
「た、たかりみたいですよ、エルスティー様……」

 飲ませてくれるだろうけれど。
 私も、少し興味はあるけれど!

「ロンディニアには緑色の薬草を乾燥させて、若い色のまま淹れるお茶がありますよ」
「ああ、君の国は神獣の森の恩恵で薬草が多種多様だというものね」
「はい」

 本当なら、同じように神獣の森『スフレ』と隣接するシャゴインにも多くの薬草が生息しているはずなのだが……あの国はミゴ繭虫の餌にしてしまうのだ。
 ミゴ繭虫も立派な産業ではあるが、虫が繭になるとその繭を剥がして殺してしまう。
 その繭糸で糸や生地を編むのだ。
 それ故に希少で、高級品。
 それは分かるけど、私としては虫とはいえ命を奪うより薬草を薬草として利用した方がいいと思うのよね……。
 あの国の貴重な伝統文化なので、一概にやめろとは言えないけれど。

「メルヴィンも君からもらった薬草茶のおかげで調子がいいと言ってたよ」
「それはなによりです」

 胃、痛そうだったもんなぁ……メルヴィン様……。
 ロンディニアからの定期物資に、また胃やストレスに良いものを入れてもらおう。

「さて、他に行きたいところは?」
「え? ええと……」

 行きたい、とエルスティー様に伝えておいたところは概ね連れて行って頂いたのよね。
 他に行きたいところ、か。

「い、いえ、今日は十分見て回ったので……」
「そう? まあ、卒業までにはあと一年半以上あるし、また来ればいいよね」
「…………」

 無邪気に微笑まれて、私は力なく笑い返した。
 そうね、卒業まで一年半以上……。
 でも、あとたった一年半、とも、思えた。
 いや、お父様にはその条件で『自由に生き、楽しい思い出をたくさん作ってこい』と言い送り出されたのだ。
 この時間は本来与えられる事さえなかった。
 ……留学する話にならなければ、この方と出会う事もなかったのよね。

「セイドリック?」
「!」

 そ、そうだ。
 だから、だから……言わなければダメなのよね。
 きちんとご好意に対してはお断りをして、友人という形で残りの一年半をご一緒できないか、相談しなければ。
 うやむやにしてはお互いの為にならない。
 言うのよセシル。
 これは私にしかできない責務!

「あの、せ、先日の、ええと、私の部屋での、あれこれに関して色々考えたのですが……」
「ああ、僕が君を好きだよって言った件?」

 ス、ストレートオオォ!
 顔がみるみる熱くなる!
 どうしてこう! 人目も憚らずこんなに恥ずかしい事を恥ずかしげもなく!
 ザ、ザグレ人のお国柄なのかしら⁉︎
 慎みがないのかしら⁉︎
 んもおおおおぉ!

「っ、わ、私はロンディニアの王太子。お気持ちにはお答えできません。ですから、残りの一年半は良き友人として、過ごして頂けませんか……」

 よし、言えた。
 言えたわよ、よく言えたわ、私。
 一呼吸、飲み込んだ。
 目を閉じる。
 ああ、もう、なんでーーーなんでこんなに、胸が痛むのよ…………。

「ふふ」
「⁉︎」

 わ、笑い声⁉︎
 驚いて目を開け、顔を上げる。
 エルスティー様は、笑って……な、なぜ⁉︎
 私はお断りをしたのよ⁉︎
 笑う場面ではないわよね⁉︎
 な、な、なんなの、なんで⁉︎

「真面目だね」
「……そ、そんな、だって……え? ま、まさかからかって……⁉︎」

 からかわれた⁉︎
 カッと怒りがこみ上げる。
 冗談ではないわ!
 私はここ二週間、ずっとあの時の事を悩みに悩んできたのよ!
 こ、この人〜!

「いや、本気だ。本気だからこそ、真面目な君ならそう答えると思ってた」
「⁉︎」
「もちろん、僕は君に本気だから? 君がそう答えを言ってきた時の対抗策も考えてある」
「⁉︎」

 な、な⁉︎
 さ、先読みされていたと言うの⁉︎
 え? ほ、本気?
 私の二週間の悩んだ時間は……あれ? 結局無駄ではなかったけど? んん? すでに対抗策は用意されて……?
 微笑んだエルスティー様の、その笑みの悪さときたら!
 妖艶だ。
 先日のシルヴィオ様にも引けを取らない。
 ドクドクと心臓がまた痛くなる。
 さっきとはまた違う痛み。
 なんというか、体が熱くて、顔はもっと熱くて、心臓が暴れて、痛い。

「ねえ、セイドリック……僕は割とドライなタイプでね……愛というものはあまり信じてこなかった」
「……え?」
「父と母が政略結婚で、仕事絡みの会話以外を見た事がなかったせいもあるだろう。まあ、王族貴族なんてそんなものだと思うけどね、どこも」
「そんな事はありません!」

 思わず口を挟んでしまった。
 エルスティー様は一瞬驚いて、それからニヤリと笑う。
 あ、あら?
 いや、でも、そこは訂正して頂きたいのよ!

「わ、私のお父様とお母様は、今もラブラブです! えっと、お父様は昔、とても太っていました! でも、辺境視察で怪我をしたお父様を、お母様は薬草を使ったお食事で怪我をあっという間に治し、更に体重も軽くしてしまったんです! お父様はそんなお母様に、ほ、本来なら身分的に釣り合わないお母様に、プロポーズをしました! それで結婚したんです!」

 お父様はお母様にすっかり胃袋を掴まれており、毎週必ずお母様のお邸に“帰る”の。
 私とセイドリックも、一緒に。
 週末は家族四人で過ごすのよ。
 お母様に出会った後のお父様は肥満体型も改善し、体調は良好。
 風邪もしばらくひいた事はなく、私たちの前でも関係なくお母様に愛を囁く。
 だから、私はーーーあら?

「…………」
「…………」

 も、ものすごーく、にんまりと笑われている。
 エルスティー様の……思惑通り、みたいな顔されてるわ。
 あ、あら? あらあら?

「はっ!」
「ふふふふふ」

 しまった!
 じ、自分で自分のーーー愛に身分は関係ない、と逃げ道を絶ってしまったぁぁ!
 同性の件も、とうの昔に自分で「いいんじゃないんですか」と言ってるし!
 み、みにゃーーー⁉︎

「い、え、まあ、それはそれと言いますか⁉︎」
「続けて?」
「っ、うっ……」

 え? 待って? 今どういう状況?
 わ、私はエルスティー様に、ええと、身分的な事を理由にお断りをしたのよね?
 セイドリックは王太子なので、お気持ちにはお応えできません、と。
 でもうちの両親の事を思うと一概に身分だけでお断りはできない。
 えーと、えーと、じゃあ……そ、そうだ!

「きょ、距離的なものが!」
「今は近くにいるじゃないか。触れ合えるほどに」
「うっ」

 テーブルの上にあった手を握られる。
 ぼふっ、と顔が音と湯気を出した気がした。
 そそそそうじゃなくて〜!

「く、国が違いますし……」
「そうだけど、それは未来の話だろう?」
「そ……」
「未来を見据える事は王族に必要な事だ。うん、君はとても素晴らしい王族だね。けれど、未来とは今現在がなければありえない」
「…………」

 その通りだ。
 未来とは、今現在から連なるものだ。
 未来を理由に、否定するものでは……ない。

「…………けど……」

 でも、私は……。
 貴方に嘘を、ついています。
 本当は女だし、本当はセイドリックではなく『セシル』です。
『セシル』にはジーニア様という婚約者がおります。
 だから、ダメなのです。
 私は貴方の気持ちにお応えする事はできないのです!
 そう、言えば諦めてくれる?
 でもここはーーー人目がありすぎる。
 ダメ、ここでは言えないわ。

「………………。まあ、すぐに答えを出せとは言わないよ。でも、僕の事は嫌いではないだろう?」
「うっ」

 どすっ、となにかが刺さった感覚。
 ふ、腑に落ちない!
 即座に否定ができないなんて!

「……………………………………はい」

 たっぷり時間をかけて、己の心に問うた結果、私はかなり素直に返事をした。
 嫌いではないわ。
 嫌いではない。

「…………嫌いじゃ、ないです」


 いいえ、多分、好きです。


 とてもではないけれど告げられない。
 この答えは、到底言えたものではない。
 きつく目を閉じて、恥ずかしいのと申し訳ないのと、それから……やっぱり恥ずかしいので、相当勇気を絞り出して伝えた。
 それだけは、それだけは本当。
 だってこんなにドキドキしてしまう。
 これって、好きという事、でしょう?
 嘘ばかりつく『女』の私ですが、それだけは本当なんです。
 ああ、ごめんなさい。
 ごめんなさい、エルスティー様。
 貴方が女を嫌うのも無理ないですよね……なんて、酷いのだろう……。

「弱ったな……そんなに困らせるつもりではなかったんだけど?」
「………………」

 重ねられた手とは反対の手が頭を撫でてくる。
 泣きそうな気持ちに拍車をかけてます、それ。
 ずるいです、ダメです。
 お父様のような優しい手付き。
 愛しいものを大切に扱う時の……。


『……! ……!』
『〜〜〜! 〜〜〜』


 ?
 なんだろう?

「ん? なんか騒がしいな?」
「店の裏手からですね?」

 大通りはとても賑わっているけれど、その喧騒とは質の違う声が混ざっている。
 数人の男の声?
 女性の悲鳴のような声も聞こえた気がした。
 平民は剣など下げていないと思って剣は持ってきていないけれど、店と隣の店の間に立てかけてあった箒を手にする。
 細い小道のような店と店の隙間。
 そこを覗き込む。
 うん、やはり言い争いのような声が聞こえるわ。

「え? 行くの?」
「女性が乱暴されていたらどうするのですか!」
「……」

 なんとなく呆れられた顔をされたような気もするけれど、同じ女としてそれは許しておけない。
 なんでもないのならそれでよし。
 確認してくるだけです、と言って隙間を進むと、少し広い裏手の庭に出た。
 他の店の裏手とも繋がっており、縦長の広場のようになっている。
 長い等間隔距離に井戸。
 そして、薪置き場や薪を切る場所。
 なるほど、露店や店舗型の飲食店が多いからここで薪割りや水汲みができるようになっているのね、って違う!
 納得している場合ではなく、その薪を置いておく場所に白いローブの女性が三人の男たちに追い詰められている!
 怯えた表情で『やめてください』と懇願しているではない⁉︎

「やめろ!」
「あん?」
「なんだ?」

 エルスティー様が頭を抱えた。
 確かにまあ、箒を持った子どもが乱入する場面ではないかもしれない。
 エルスティー様が止めに入った方が格好が付いただろう。
 でも、私はもう剣……ではなく箒を構えていた。
 細剣使いの私からすると箒は長く、穂先は重たい。
 箒を突き付けた私を、男たちは一瞬驚いて見てからすぐに鼻で笑う。

「なんだなんだ? ガキが箒を持ち出して〜」
「庭掃除でも頼まれたのかぁ?」
「ガキはすっこんでろよ。今大人の時間だぜ」
「相手は嫌がっている。そんな事も分からない男が女性に触れていいと思っているのか?」
「……そうそう。女性は触れるのに許可がいるんだよ。そういう事を知らない、知っていても許可なく触るから、モテないんだよ君たちは」
「「「ああん⁉︎」」」

 なんでこの人は煽る言い方しかできないのー。
 いや、でもお陰で男たちの興味は完全にこちらに向いたわ。
 今のうちに逃げてくれればーーーっと!

「おらあ!」
「っ」

 側にあった薪割り用の斧を、こちらに振り下ろしてくる男の一人。
 狙いは私の足元だけど、振り下ろした力は本物だ。
 怯えさせて追い払う気ね。
 残念、そうはいかないわ。

「あくまでも彼女を諦めないのなら……子どもにのされる覚悟もあるという事だな?」
「……マジに生意気なクソガキだな? はあ? テメーこそ、大人に楯突いて怪我じゃすまねーぞ? ああ?」
「今のでおとなしくママんとこに帰ってりゃ良かったのによぉ……」

 もう一人が懐からナイフを取り出した。
 三人目は女性の手を掴んだままにやにやとそれを見ている。
 斧とナイフ。
 こちらは箒一本。
 まあ、リーチはこちらの方がある。
 慣れないけれどなんとかなるでしょう。

「エルスティー様は下がっていてください」
「おや? 君は知ってるだろう? 僕の性格」
「…………」

 ああ、負けず嫌い、でしたね。
 いや、けれど……。

「相手は武器を持ってます」
「では分担しよう。僕は斧持ちを」
「え? いえ、斧持ちは私が」
「ナイフの方が接近戦だと小回りが利いて危ないんだよ」
「…………。わ、分かりました」

 ナイフ男を秒でなんとかすればいいわ。
 という事で…………。

「逃げる算段は終わったかぁ⁉︎」
「もう遅いけどなぁ!」
「お前たちこそ、逃げる算段を立てておくべきだったな!」

 穂ではダメージが少ない。
 一本踏み出したタイミングで、回転させて柄を前にする。
 ナイフの男の鼻先を掠めた穂先に、男が一瞬たじろいだ。
 それが命取り!

「はあ!」
「ブフォ!」

 ナイフを突き出す前に!
 私が柄の先端で男の額を突いた。
 ええ、それはもう思い切り。
 ゴッ! となかなか痛そうな音を立てて、男は仰け反り倒れる。

「てや!」
「ブフォ⁉︎」

 ……と、私が男を倒した直後、斧男が盛大に吹っ飛んだ。
 ええ?
 驚いてエルスティー様を見ると、手を前に出し、左足が後ろに上がったポーズでにたりと笑っていた。
 な、なにをしたの、なにを。

「ぶ、ぶぁかなぁ⁉︎」
「さて、残るはあと一人。まだやるかい?」
「っ、ク、クソォ! 覚えてろ!」
「無駄な事に記憶力は使わない主義なんだー」

 と、逃げる男は見逃した。
 エルスティー様、なかなかの返し文句です。
 さて、気絶した二人は放置して……。

「大丈夫ですか⁉︎ …………あれ?」

 女性に近付く。
 が、女性はなぜかこそこそとその場を離れようとしていた。
 私が駆け寄ると、申し訳なさそうに振り返る……その、表情は……。

「イフ⁉︎」
「も、申し訳ございません、セイドリック様……。私一人で片付けられたものをお手を煩わせる事になってしまいました」
「…………。い、いや……」

 フードを外した女性は美しく化粧を施したイフだ。
 心の底から『助けてよかった』と思った。
 でなければ今地面に転がっている男たちと、先ほど逃げた男は今頃……う う う !
 か、考えただけで身が震える!

「え? イフ? き、君がなぜ⁉︎」
「はあ、一応セイドリック様は我が国の王太子様ですので、護衛に……」
「…………」

 と、言われてエルスティー様が表情を凍らせる。
 それから口許を引攣らせつつ「そ、そうだね」と頭を抱えた。
 で、でも私も気付かなかったわ。
 さ、さすがイフ……そもそも馬車で町まで来たのよ?
 どうやって付いてきたのかしら?
 こ、こわ……。

「し、しかし見事な女装だね? 僕は全然分からなかった」
「趣味と実益を兼ねております」
「趣味なの⁉︎」
「はい」
「…………」

 今度は私が頭を抱える番。
 ケロリと暴露してくれて……こ、この男〜。
 エルスティー様が驚愕している。
 こんなに驚いた顔は出会ってから初めてだ。
 まあ、ですよね!
 普通驚きますよね!

「昔セシル様に化粧を施され、無理矢理女装させられて以来知らなかった己の一面に気付かされ、すっかりハマってしまいまして……」
「それは言わなくてもいいだろう⁉︎」

 なんで私を巻き込むのよー⁉︎
 確かに貴方に化粧をして、女装させて遊んだ事あるけどー!
 わ、若気の至りじゃない⁉︎
 ほんの八歳とか、その辺の出来事よ⁉︎
 それがまさか従者の男の趣味になると誰が思うのよー⁉︎

「ちなみに幼い頃のセイドリック様もよく化粧をされて、セシル様のドレスを着せられていましたね」
「ぐっ!」

 に、にこやかに!
 にこやかに余計な事を!
 いや、事実だけど!
 その通りだけど!
 い、いいじゃない別に、姉なら誰しも一度は弟に自分の服を着せて着せ替え人形のようにして遊ぶものでしょう⁉︎
 こ、子どもだったんだから仕方ないじゃない!

「セ、セシル姫にはそんな趣味が?」
「趣味ではありません! こ、子どもの頃の話です!」
「でもセイドリックの女装はちょっと見てみたいな……」
「ーーー!」

 …………。
 言い返そうとして、言葉が出てこないのでがっくりうなだれた。
 ほ、ほぼ毎日ご覧になってますよ……なんて言えない。
 いや、まあ、この場合私のことなのだろうけれど……私がドレス着たらただのセシルだし。

「エルスティー様もお気を付けください? セシル様には男を女装に目覚めさせる特殊能力がありますよ」
「え」
「へ、変な濡れ衣着せないで!」
「実際目覚めた私が言うのですから間違いありません」
「イフー!」

 そんな事ないもんそんな事ないもん!
 …………多分!
 な、ないわよね?
 セイドリックが『姫騎士になりたい』と言い出したのだって別に女装目的ではないと思うし?
 ……そんな事……な、ないわよね……?

「き、肝に命じておくよ……」
「そんな事にはなりませんよ!」
「だと良いのですが。では、私は再び影に徹しますので、残りのお時間どうぞごゆるりと……」
「「無理でしょ」」

 イフが付いてきているなら、さっきの話はとてもじゃないけど続けられない!
 エルスティー様も頭を抱えて……いや、若干青ざめてさえいる。
 はあ、とんだ締め括りだわ……。

「二人とも送るよ」
「……す、すみませんエルスティー様……」
「いや。まあ、君が少しでもこの国を好きになってくれたなら僕としては大成功だけど、どうかな?」

 エルスティー様……。
 この国の事を、私が好きになったか?

「はい、とても楽しかったです! ザグレの国は素敵な国ですね!」
「なら、良かった」

 むしろ王族の従者に女装癖があるのを隠さないうちの国の印象が心配だわ……。
 怖くて聞けない……。