弟が『姫騎士になる』と言い出したら私が王太子になる事になりました。

 

「セイドリック!」
「姉様、もうよろしいのですか?」
「はい! 先程メルティ様にもレディ・ウィール様にもご挨拶してきました。あ、ごきげんようエルスティー様。今日もセイドリックのお相手をしてくださりありがとうございます」
「いえいえ」

 くっ、セイドリック……なんて『姉』らしく振る舞えるようになったのかしら!
 偉いわ! とても立派よ!
 そして今日もとても可愛いわ!
 さすがイフの見立てたドレス。
 黄色い生地に花柄の刺繍が前面に施されたとても手の込んだスカート。
 しかし上は実にシンプルな紐状の緑のリボンのみの、白いブラウス。
 髪はゆるく三つ編みにして、右側から前に垂らしている。
 完璧だわ。
 完璧な王女の姿よ!
 この世に舞い降りた天使かしら⁉︎

「でも、メルティ様同じクラスになれないかもしれないと言われてしまいました。入学式前のお茶会は、加点十点だったそうです」
「そ、そんなに⁉︎」
「はい」

 加点が十点⁉︎
 っ、そ、それは……そんなに加点があったなんて……!
 王族のアドバンテージである持ち点『五』よりも高いっ。
 いえ、ある意味、持ち点などがない貴族からすればそのぐらいの加点は必要。
 しくじった……!
 そんなに加点点数が高かったなんて。

「オーッホッホッホッホッホッ! その通り! あなた方はおしまいですわ!」
「!」

 メルヴィン様の左右を捕まえた双子令嬢が現れた。
 高笑いしているのは……ええと、どっちかしら?
 とりあえず赤いドレスの方。
 ちなみにメルヴィン様は口から魂が半分くらい出ておられる。
 ひ、瀕死……。

「あのお茶会に出られなかったあなた方姉弟はよくて中級クラス! オーッホッホッホッホッホッ! 王族でありながらなんたる無様! これだから小国は! オーッホッホッホッホッホッ!」
「まあ、ミーシャお姉様、そんなに笑っては可哀想ですわ。クスクス」

 なるほど、高笑いしている方が姉のミーシャ様。
 扇子で口許を隠して笑っている、水色のドレスの方が妹のレイシャ様ね。
 まあ、分かったところでどうと言う事もないのだけれど。
 高笑いに次ぐ高笑い。
 クスクスというレイシャ様の笑い方も、異母姉たちを彷彿させて気分がいいものではないけれど、こういう手合いは相手をするだけ無駄だ。
 まだ会場にはかなりの人数が残っている。
 その貴族たちがミーシャ様の高笑いに、足を止めてこちらを眺めては同じように笑う者がちらほら……。
 あれはザグレの貴族たちね。
 ま、よくある事だわ。
 お茶会は終わったし帰りましょう、とセイドリックに声をかけようとした時だ。

「………………無礼な」
「エルスティー様?」

 とても低い声。
 聞いた事もないようなその声に、高笑いしていないレイシャ様がびくりと肩を震わせた。
 そしてその声にハッとしたように、メルヴィン様が双子のご令嬢の腕を振り払う。

「「あん!」」
「このお二人は隣国の王族であるぞ! なんという侮辱……謝罪せよ!」
「「な、メ、メルヴィン様……!」」

 メルヴィン様が突然生気を取り戻し……あ、いえ、多分これを好機と取ったんだわ。
 さすがザグレの王太子様!
 双子の腕を振り払い私たちの前に庇うように立つ。
 双子のご令嬢は声を揃えて困惑の表情。

「そ、そんな、わたくしたち、そんなつもりでは!」
「そうです! 無礼なことを申したのは姉のミーシャですわ!」
「んなっ!」

 ……うわぁ、レイシャ様、また姉君を切り捨てたわ……。
 あからさますぎるでしょうに。
 うちの異母姉たちの方がまだ上手く貧乏くじを押し付けてくるわよ……?

「他国の王族を笑いものしようとしたのはその方も同じである! 他にもいたな? 見えておらぬとでも思っているのか!」
「っ!」

 ザグレの貴族たちが震え上がる。
 その人垣の中から、メルティ様が飛び出してきた。
 そして、人垣に向かって「お前とお前とお前、笑っていたわね!」と指差していく。
 指差された令息や令嬢は、慌てて否定するが鼻息荒く「ちゃんと見ていたのだわ!」と胸を張るメルティ様。

「いやぁ、残念だよエーヴァンデル家のご令嬢たち。貴女方は外交の才が一欠片もないご様子」
「⁉︎」
「な、ち、ちが、違いますわ! エルスティー様! そういう意味でお声掛けしたわけでは……」
「残念だけど、この二ヶ月間殿下たちの“クラスメイト”に相応しい者を選出するのには僕も一役買っていてね」
「え⁉︎」

 え?
 エルスティー様が⁉︎
 ど、どういう事⁉︎ エルスティー様も生徒の一人なのに?

「当たり前だろう? 僕はランドルフ公爵家の者だ。殿下たちのご学友に相応しい者をお側に選出するのは、僕が陛下に直々に任された職務。変だと思わなかったのかい? なんで夜会やお茶会が『加点対象』になると言われていたか。参加すればそれで『加点』だとでも思っていたのかな? そんなはずないだろう。『加点対象』と宣言してある夜会やお茶会には、メルヴィンの婚約者候補探しの意味ももちろんある。でも、だからこそその会場で『相応しくない振る舞い』をした者は振るい落とされる。参加すれば『加点』ではない。殿下のご学友として『相応しい立ち居振る舞い』こそが、加点対象だったんだ」
「っ! わ、わたくしたちもエーヴァンデル公爵家の者ですわよ! どこが相応しくない振る舞いだと仰るの⁉︎」
「ご自分の胸に手を当てて思い返してごらんなさい。他国の姫や王太子を侮辱する物言いや態度。お二人が寛大な方々だから、僕に対してクレームも言ってこなかったけれど……一国の王妃となられる方が外交もできなくては飾りにもならないよ」
「!」
「というわけでエーヴァンデル公爵家のミーシャ嬢、レイシャ嬢。お二人は現時点をもって正式にメルヴィン王太子殿下の婚約者候補から除外させて頂く! 理由は『外交能力なし』! 他国と交流できない者は王妃にはなれない。常識だろう? よろしいですね、メルヴィン様?」
「ああ!」

 と、盛大に頷くメルヴィン様。
 二人のご令嬢はドレスの色と真逆のお顔。
 ミーシャ様は真っ青で、レイシャ様は真っ赤っか。
 ……なるほどね。
 夜会やお茶会が『加点対象』として公言されていたのは、クラス決めの他に三つの意味があったのか。
 単純にお茶会のマナーを見る以外に、メルヴィン様のご学友として相応しい立ち居振る舞いができているか。
 そして、令嬢たちは更に『ザグレの王妃に相応しい立ち居振る舞いができているか』も、見られていた。
 ザグレの王太子の婚約者候補の選出も兼ねていた、というわけね。
 まあ、これはおまけ程度のものだろうけれど……このお二人のように、メインがそちらだったご令嬢たちはカタカタと体を震わせて青ざめている。

「そ、そんな、嘘……嘘でございましょう? メルヴィン様! レイシャを見捨てないでくださいませ! セシル様たちを笑っていたのは、姉だけですわ!」
「往生際が悪いぞ、レイシャ嬢。今、ロンディニアのお二人を笑っていたのは自分もしっかり確認している! 貴女方はこれからこの国を共に発展させようという想いが一欠片も感じられない!」
「そ、そんな事はございませーーー」
「黙れ! メルティの事もそうだ。公爵の身分を盾に、妹を随分と振り回してくれたな? この事もすでにエーヴァンデル公爵の耳には入れておいた。邸に戻り、己の運命を受け入れるのだな!」
「っ、そ、それは……まさか! メルヴィン様!」

 今し方、エルスティー様が言った通り。
『加点』は参加すればもらえるというわけではなかった。
『加点対象』となるのは、メルヴィン様のご学友として必要な立ち居振る舞い。
 メルヴィン様をあからさまに独占して困らせていたお二人には、婚約者候補として以前に『加点』も望めない。
 もしも、入学式前のお茶会も同じものであったなら……。

「そんな! そんなっ‼︎ そんな事があってよいと⁉︎ そんなバカな事が!」
「さ、帰ろうかセイドリック、セシル姫。送っていくよ〜」
「待ってほしい」
「ちっ」

 エルスティー様が謎の舌打ち。
 公爵家の貴族がなんという柄の悪い……。
 私たちを引き止めたのはメルヴィン様よ?
 打ちひしがれる二人のご令嬢を無視して、スタスタ近付いていらした。

「はい」
「なにか?」
「お二人には度々不快な思いをさせてしまい、本当に申し訳なかった。後日改めて謝罪をさせて頂く。貴国を軽んじる発言をしたあの二人には、重い処罰が下る事でしょう。だからどうか許して頂きたい」
「…………」

 まあ、確かに他国の王族に対して好き放題言ってくれたからな。
 ここはザグレの王太子様に免じてーーー。

「頭を上げてください! 謝罪なんて必要ありません!」
「⁉︎」

 セ、セイドリック⁉︎ なにを言い出すの⁉︎
 謝罪を拒むという事は、ザグレの申し出を無下にするという……!

「私もセイドリックも、気にしておりません。我が国が貴国よりも立場が弱い小国なのは周知の事実」

 いやいやいやいや⁉︎
 そこ認めちゃダメだし公言するのもまずいし!
 セイドリック! ちょ! どっ!

「姉様、なにを!」
「確かに悲しい気持ちにはなりましたが、だからこそ、私もセイドリックもより一層、ロンディニアを盛り立て、繁栄させていこうと心新たに誓う事ができたのです! それはお二人のご令嬢のおかげです。ですからメルヴィン様、ミーシャ様とレイシャ様にあまり重い罰を課せるのはお許しください。私たちはお二人の言葉で、今、他国からロンディニアがどう見えているのかを知る事ができたのです。これはとても貴重な事です。だから感謝こそすれど……」
「セシル姉様! いけません、それ以上は。ザグレ国内の事です。あまり立ち入っては……」
「で、でも……」
「…………。なんと、お心清らかな方か……」

 メルヴィン様から言葉が漏れる。
 え?
 確かにうちのセイドリックは天使のように可愛くて心清らかですけれど。
 いや、もうほんと、ですよねー。
 うちのセイドリックほんと天使ですよねー。
 分かるわぁ……。

「はっ! も、申し訳ない。お引き止めした上、あの二人の事をそんな風に……。ええと……」

 ちらり、とメルヴィン様が私を見る。
『姉』がここまで言っていますが、貴方は、という眼差しだ。
 私はよほど困った顔をしたと思う。
 こればかりは隠しようがない。

「そうですね。まあ、確かに……姉様の仰る事も、一理あります。我が国は小国として、貴国にあまり重要視されていなかったと……」
「いや、そのような事は!」
「分かっております。それがザグレ王国の総意ではない。彼女たちの個人的な見解だと。そして、なんとも軽はずみにそれを我らに対して口にした。申し上げたい事は多々あれど、メルヴィン殿下と姉セシルがここまで言うのです。父の耳に入れず、この場で収めたいと思うのは私とて同じ気持ち。貴国とは今後良き隣人として付き合って参りたい。外交に携わる事がないようにして頂けるのなら、私からもお二人には特に罰など望みません」

 というか、あんな膝と手を付いて顔ぐしゃぐしゃにして泣いている女の子に、更に鞭打つような真似、私はちょっと、したくないわよね。
 異母姉たちなら笑いながらやりそうだけれど……。
 幼少期からメルヴィン様の婚約者……妻になる事を目標に、まあ、色々暴走はしてしまったし残念な感じに努力もせずに走ってきてしまったのだろうけれど……その夢が打ち砕かれた彼女たちにとって更にプラス厳罰っていうのは酷すぎる。
 外交ーー他国に関わらないと約束してくれるのなら、彼女たちだってこれで懲りているだろうし今後我が国含め、面倒くさい感じに絡んでくる事もないはず。
 それならそれでいいわ。

「セイドリック様……」

 と、駆け寄ってきたのはメルティ様。
 初めて会った時のような無理している感じもなく、俯いて指先をちょんちょんと突き合わせている。
 なんという愛らしさ。
 さすがザグレの王女。

「初めて会った時は、失礼な事を言ってごめんなさい。本当はもっと早く謝らなければいけなかったのだけど……」
「ああ、いえ。エルスティー様に聞いておりましたから気にしておりませんよ」
「! …………ありがとうございます。でも、あたくしからも今度きちんと謝罪に伺いますわ」
「分かりました。お待ちしております」

 もてなしは我が国の伝統文化!
 この際だからメルヴィン様とメルティ様には我が国の良いところを色々と知ってもらーー。

「そういえば僕の事も招待してくれると言っていなかった? 一ヶ月も待ってるのに……」
「え⁉︎ あ、そ、そそそうですね! でもほらなんというか、クラスが決まらないうちはこう、もやもやしてしまって?」
「では決まったら招待してくれるの? 言ったね? 待っているからね?」
「わ、分かりました。確認後、招待状をお作りしておきます。ええと、メルヴィン様とメルティ様の分も……。よろしいでしょうか?」
「はい!」
「もちろんだ。是非招いてください」

 セイドリックと顔を見合わせる。
 エルスティー様に本当に送ってもらい、邸に戻って一時間後。
 ザグレディア学園の封蝋が付いた二通の手紙。
 一通は『セイドリック』宛。
 もう一通は『セシル』宛。
 二人それぞれ封を開き、手紙を取り出す。


『上級クラス』


「やりました、姉様! 私、上級クラスです!」
「……私もです」

 私とセイドリックは無事、上級クラスを勝ち取れた。
 手を握り合って、喜びを分かち合う。
 三日後も同じクラスで学べるのね!
 良かった!

「?」

 ひとしきり喜んでから手紙を封筒に戻す時、メッセージカードが入っている事に気が付いた。
 取り出して開いてみる。


『だから言っただろう? 僕と交流したんだから大丈夫だって』


 この文字は、エルスティー様。
 ……交流したから、大丈夫……?
 どういう意味……あ!

「あの方は〜っ!」
「どうかされたのですか? セイドリック様?」
「なんでもないわ! イフ、今度メルヴィン様とメルティ様、あとついでにエルスティー様をご招待してお茶会を開きます! 今から準備をしておきなさい!」
「は、はい?」

 入学前の交流会に参加しなかった時の事を言っているんだわ。
 そうね! 確かに!
 加点と減点を決めるお立場の方が目の前にいたのであれば、あの日の交流会には参加しなくても問題なかったわね!

「……まったくもう!」


 …………本当に、変な方!