<新乃>

私はずっとこの小さな街が好きだった。海が見える街。
私の部屋から見えるいつもと変わらない海。

「いってきまーす」
「まなーむちゃん!お弁当持ったの?」
「いらねーつってんじゃん」
「えーーー、せっかく作ったのにい、、ね、パパ?」
「じゃあな、真夢」
「おう」

私には、両親はいない。
だからこの優しいお母さんの声と低いお父さんの声は、隣に住んでる真夢の家から聞こえる声。
私は真夢のお父さんとお母さんが大好きだ。
暖かくて丁寧で。
私は真夢になりたい。
もう数え切れないくらい思ったけど。
なれない。

「よ!」
私は真夢の肩を叩く。
「おはよ」
だるそうな返事。
「なんでお弁当いらないのー?」
「うるせえよ」
「はは」

私たちは恋人でも友達でもない。
私がもし彼を好きになっても、彼はきっと振り向いてはくれないだろう。
工藤 真夢。身長はとっくに抜かされた。テストの成績はすごくよかったはず。中学の時はサッカー部のエースで、スポーツもできるくせに帰宅部なのはもったいないけど、お父さんに似てすっごく顔は整ってる。
私は小さい頃から彼にチョコレートを渡す係を何回受けたことか。

先を行く彼を見て思う。
私は下の名前で彼を呼びかけ、振り向いてもらい、短い会話をするだけで。
ずっと幸せだろう。と。