黙って俺を好きになれ

建ち並ぶビルも電線もない蒼い空と、遙かまで広がる水平線。何年も映像でしか見ていなかった景色を見せてくれた彼に感謝した。嬉しそうに『また来ようね』と、ふにゃっとしてない笑顔が返った。私はイエスともノーとも答えなかった。・・・答えられなかった。


「うわー、ぼっさぼさ!」

車に戻りルームミラーを覗きこみながら、指先で器用に自分の髪を整える筒井君。

「糸子さんもちょっと乱れちゃったね」

ハーフアップにしたしそれ程でもないかと思ったけど、言われて頭に手をやろうとすると彼の手が伸びてきた。

「オレが直してあげる」

こういうとき普通はどうするんだろう。遠慮するべきなのか、親切心を受け止めてお礼を言えばいいだけなのか。

エナだったら特に気にもしないで『ありがとっ』って屈託なく笑うんだろう。『筒井は気が利くね~』くらいは言って褒めるのかもしれない。・・・私が戸惑うのは変に意識しすぎるから・・・?

「はい、終了!」

掬った後れ毛を耳にかけてくれ、筒井君がふにゃりと笑う。

「ありがとう」

たぶん少し困ったような顔になったと思う。どことなく居たたまれず目を逸らす。すると髪を直してくれた指がそっと私の頬に触れた。

「・・・・・・キスしていいですか、糸子さん」