黙って俺を好きになれ

額にかかる前髪に触れた。少し硬めの、指通りは滑らかな黒髪。幹さんがよくしてくれるみたいに撫でてあげたくなった。無性に。愛しさが込み上げて。

幹さんに結婚相手がいるのを知ったとき。好きになりたくなかったと傷付いて、ここであんなに泣いたのに。

あの夜もしも再会していなければ。いま私の心を占めていたのは筒井君だった。彼に惹かれていた。好きになりかけていた。両親も手放しで喜んでくれる“普通の幸せ”が、すぐ目の前にあったのに。

足が前に出た、自分で決めた出口(こたえ)に向かって。平坦(なだらか)な道を選び取らずに。その先もまだ知らずに。

そのまま頬に滑らせてなぞろうとした指先を引っ込める。昼寝の邪魔をしないよう静かに立ち上がり、行きかけたのを不意で引き留められていた。

「・・・そばにいろ」

手首を取られ、目を閉じたままの幹さんが気怠そうに呟いた。起こしてしまった?それとも。私は床に膝をついてもう一度屈むと、自分を捕まえた指をやんわり引き剥がし両の掌で包んだ。

「いますから、もう少し眠っていいですよ」

「どこにも行くな・・・」

「幹さんが私を要らなくなるまでいます。・・・どこにも行きません」

その場限りじゃない想いを今度こそ言葉に代える。

「約束します」