後ろを振り返ると、つっかけを履き、パジャマのまま、ノーメイク、ボサボサ髪の母が息を切らせながら楓を追いかけてきていた。


「お母さん?どうしたの?」


母は楓に追いつくと、息を整わせて「はいこれ」とあるものを渡してきた。


「漬物、森本さんのとこに持って行って!」


「森本のおじいちゃん?」


「うん、これ渡してきて」


そう言って母は大きなタッパーを渡してきた。中を見ると、大きなたくあんが入っていた。


「森本さん、いつもこの漬物楽しみにしてくださってるの。本当はお母さん、自分で渡しに行きたかったんだけど、今日は書き上げた原稿のチェックに桑田さんがいらっしゃるの。多分時間がかかると思うから、お昼ご飯は森本さんのところで食べさせてもらいなさい。森本さんには私から言っておくから」


「でも、森本のおじいちゃん家にも予定があるんじゃないの?」


そう聞くと、母は「大丈夫よ」と言って笑った。


「今日は森本さん、何も予定はないって言ってたから。それに本当は今日、お母さんが森本さん家でご飯食べる予定だったの。だから大丈夫よ」


「じゃ、よろしく」と母は言って再び来た道を戻って行った。


「はあ、ほんっとに自由なんだから…」


楓はやれやれと肩を竦めると、漬物の入ったタッパーをしまい、行き先を緑のホールから森本のおじいちゃんの家へ変えた。