「鬼島…くん」
昴は一瞬、気まずそうな顔をした。
「ごめん、俺が聴きたいって言ったから、無理して弾こうとしてくれたんだよね。無理言ってごめん」
楓は大きく首を振った。
「ううん!鬼島くんのせいじゃない。私が、人前で弾けないから」
語尾が小さくなる。
「なんで?人前で弾けないの?」
楓はばっと顔を上げた。
昴の、強い視線と絡み合った。
なんで?その瞳はそう問いかけている。
「…なんでもない」
楓はその視線から逃れた。
「鬼島くんには、関係のないこと」
そう、返すのがやっとだった。
昴の手は、楓のその言葉で楓の頬から離れた。
「そう…か」
昴の表情を盗み見ると、少し、寂しそうにしていた。
「ごめんなさい」
楓はもう一度言った。
そして立ち上がり、そそくさにヴァイオリンをしまって、その場から駆け出した。
ごめんなさい。
鬼島くんというたった一人の観客のために演奏することすらできないなんて。
自分が恥ずかしい。
楓は強く唇を噛んだ。
