「私は天邪鬼だ・・・」








今朝の彼からのメールに書いてあった事で稀子はイライラしていた。



[どうせメル友ですからお気になさらずに]



と返信をしておいた。



もう2週間以上会えていない。



会っても忙しい忙しいと数時間一緒にいるだけだ。



ホントに忙しいのは分かっているが毎日のコピーされた様なメールだけでは色々考えて不信を抱いてしまう。


もう何度こんな些細な事で喧嘩になっただろう。



喧嘩と言っても稀子が1人で酒を浴びるだけ飲んでだんだん気持ちが抑えられなくなってしまうだけで。


分かっている。


分かっているのだけどやってしまう。


彼に嫌なメールをしてエスカレートする割には、その夜中や翌朝に飛んで来る彼を見たら何も言えなくなるくせに。



終いにはギュッとされてキスすると安心するのか笑って幸せな気持ちになるのがやるせない。



そんな時、稀子は何時も決まって思い出す女性がいた。



彼女は恋には何時も真剣で素直で可愛い女性だった。



稀子がまだお酒があまり飲めない頃の話だ。


よく稀子を可愛いがってくれる若い御夫妻がいた。

パパの方は・・



「稀子ぉ。沢山飲め食え!お前の為に30万あるから全部使わなかったら帰らさんぞ」


とやっぱり言って封筒から福沢諭吉の紙を覗かせて満面の笑顔で稀子の頭を撫でた。



しかし、福沢諭吉を使うのには限度がある。


パパさえお酒が飲めないのにあまりお酒が飲めない稀子に使える福沢諭吉は結局何時も2万円台がやっと。

甘いカクテルなんかを飲んでは真っ赤になる顔とドキドキする胸が熱くなるのが嫌いで烏龍茶にこっそり変えていた。


パパは何故かホットミルクを飲みながら嬉しそうに座っていた。


ママの方はかなりお酒が飲めるのか、何時もバーボンやら何やら洋酒を飲んでいた。


そんな真っ赤になって機嫌よくはしゃぐママの姿を隣でニコニコしながらホットミルクを飲み幸せそうにパパはしていた。



本当にママを愛しているのが分かった。








時々、稀子はママに連れられ2人で飲みに行ったりしていた。



ママは歳より凄く若く見えて綺麗だったから必ず誰か男性を見つけては、お持ち帰られていた。


そんな時、稀子は1人でタクシーで帰る。


ママは何時も上機嫌で稀子にタクシー代金と口止め料の福沢諭吉を1枚握らせて少女の様に桃色の頬っぺたを染めて稀子が見えなくなるまで手を振った。


隣に素敵な男性を連れて。


そんなこんながあってのある日そのママが稀子をイケメン揃いのバーへ呼んだ。


浮気相手の本命らきし男性に別れを告げられたらしくかなり荒れていたママは本当に子供の様にしくしく泣きながらカクテルを何杯も飲んでは彼について語った。


まだ恋に恋するだけだった稀子は大人の恋沙汰が解る訳もない。


ただ見守るしかなくカルーアミルクを少しづつ飲みながらママの話にウンウンと頷いていた。


しばらくしてママはきいなりテキーラを頼み一気にあおり始めた。



それも叫びながら。



三杯めのテキーラを煽った瞬間。



ママは稀子の視界から一瞬にして消えてしまった。

バーの椅子は高かったので下を見下ろしたらママはあられもない格好で伸びていた。


そんなママの姿をみっともないとは稀子は全く思わなかった。



ただただ切なくなって泣きそうになったからだ。



稀子はパパに連絡をとりタクシーに乗せて帰らせた。


ママは何事も無かった様にタクシーの窓を全開にして身を乗り出すと。



「稀ちゃぁん!話を聞いてくれてありがとうーまた稀ちゃん誘うわなぁ!お休みぃ、あぁータクシー代渡して無かったよ。ぁあー」



と叫びながら夜の街から消えて行った。




これを見たら『テキーラ』なるものは飲めない。



テキーラを見るたびに思い出す女の恥ずかしい一面とは別に恥ずかしいより切なかった事を稀子は思い出す。



あれから何年経ったんだろう。

あの時のママの年齢になった。



今の稀子は素直で可愛い女にはなれていないと思う。


多分はテキーラは一生飲まないと思う。



可愛い女にはなれそうもないからだ。






何時も彼が来たら食べてもらう手作りケーキ。


今日は紅茶にしてみたのだ。





「うん。美味しい」



そう何時も言ってくれるから。



今日は彼は来てくれるのか?


と思い浮かべながら。



[メル友ですからお気になさらずに]


を撤回したいと思った。