何も言葉を発さないその人は、いつものように、私をじ、と見ている。


……ど、どうしよう……な、成瀬くん……お、怒ってる………?


……ように見えるのは、いつも通り、だよね………



なおも黙ったままの成瀬くん。

ただ鋭い視線が突き刺さるのに、私はいてもたってもいられなくなった。



「…あの、ご、ごめんなさい……」

「……」



咄嗟に出てきた言葉は、それだった。


とにかく、この空間から早くいなくなりたくて、私は自分の鞄を掴むと、頭を下げてその場を離れようとした。


「おまえさぁ…」

「っ、!」


背中から聞こえてきたため息混じりの低い声に、私はびくりと肩が上がり、足は止まった。


「ごめんなさいごめんなさいって、ほんとに思ってんの?」

「っ、」


ガタガタと靴箱の音がする。出したスニーカーを放ったのか、パタン、と少しこもった音が聞こえた。

その音で、私の体はますます硬直する。



「ごめんなさい」

「っ、」

「口癖になってんじゃねーの」


頭の後ろで聞こえた、相変わらずのハッキリとした口調。

私は何の言葉も浮かばず、続けて聞こえたため息に、私はまた一瞬息を止めた。



「何にそんなにビビってんのか知らねえけど、おまえ、何でもかんでも謝りすぎ」


そう言い放った成瀬くんは、角に置いてある傘立てからビニール傘を抜き取ると、そのまま外へ出ていった。





『おまえ、何でもかんでも謝りすぎ』


何の言葉も浮かばず何を言うこともできず、今、成瀬くんに言われた言葉だけが頭に残った。


外の雨の音が耳に入ってこないくらい、私の周りは、一瞬にしてその言葉でいっぱいになっていた。