成瀬くんがようやく足を止めたのは、体育館裏だった。


しかし、手首はまだ掴まれたまま。痛みも、痛いを通り越して感覚が鈍くなってきている気がする。


そしてやっぱり成瀬くんは私に背を向けたまま、なおも口を開こうとする様子はない。



……顔が見れないんじゃ、何を考えているのかわからない………というよりそもそも、表情を見てもどういう感情なのか読み取ることすら困難なんだけれど…………



「………っあ、あの………」


再度、声をかけるが返事はない。


………ど、どうしよう……………

……成瀬くんは何のために、ここに私を引っ張ってきたの……?


それに、うざいとかむかつくとか、あんなことを言っておきながら、どうしてここにきて、私に関わるようなことをしてくるの…………?



日の当たらない静かなこの体育館裏にいると、さっきまでの現実と切り離されたような感覚になった。

今が体育祭の真っ只中だということが、何だか急に現実味をなくしていく。




ーーー不意に背中で、スタートの合図が鳴り響くのが聞こえた。

生徒たちの歓声もちらほら聞こえてくる。


その拍子で私は、ついぼんやりしていた頭を起こした。

………早く、戻らなきゃ……


百叶たちが、戻りが遅いと、もしかしたら心配しているかもしれない。

私なんかのことで、みんなを心配させちゃだめだ…



「………あ、あのっ、私……も、戻ります………」


意を決してそう声をかけて、手首を解放してもらおうとした。

戻ると言えば、きっと成瀬くんも離してくれると思ったから。


けれど、私がそっと手を引こうとしたら、成瀬くんはそれを許さないとばかりに、私の手首を再度引いた。

私は思わず前のめりになって、危うく成瀬くんの背中にぶつかりそうになった。